アイドルグラビア日記、期待予想に反して画像がまったくないところが
拍子抜け 、じゃなくて、実際に買う読者の便を考えてるからなのかな。
基礎知識がないと、想像力で補うのは無理がある(笑)
こういうページを女性が作ったらおもしろいかも(というか、見に行くまでは
女性が作ってるのかと思った)。
「こうすればよくなる」にしても、お化粧の仕方とか似あう髪形とかポーズとか、
もっと細かく実用的(?)なアドバイスが可能だと思う。
それで男性からの支持が高まる保証はないけど(むしろ逆効果?)、アイドルだ
って女性にも人気が出たほうがうれしいだろうし、“地位向上”になるのでは。
(上野千鶴子氏のデビュー作はカッパブックス『セクシィ・ギャルの大研究―
女の読み方・読まれ方・読ませ方』(1982)だそうだけど、そういう社会学的
(ジェンダー批判的)視点を前提とするのではなくて、… )
ぽむ日記のお姉さま方が作ったりしたらぜったい熱烈愛読者になります。
建築誌を鮮やかに切るあの調子で…。雑誌代投資しますが。
>>1月1日(月)/1,560円(先月累計10,340円)
これだけ買ってひとつきたった1万円前後ですむ、という事実に気づかされる。
雑誌って1冊700円くらいを超えると「高い」と思ってしまうし、たいてい
3%ぐらいしか読むページがないので割高感があるけれど、1万円まで好きに
使おうと決めたらかなり買えるわけですねー。(あとは収納の問題)
このサイト、 http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/4864/index.html 雑誌代をずっと書いてあってビックリ。 >1月1日(月)/1,560円(先月累計10,340円) >1月2日(火)/4,810円(先月累計15,110円) >1月3日(水)/3,910円(先月累計19,020円) 私も映画の感想を自分のページに書くとき映画館の名前と代金、書こうかな。 ついでに料金が高いとか、場所がわかりにくいのに地図が不親切だったとか、 客席が狭くて前の人の頭でスクリーンがよく見えなかったとか、 音が大きすぎてかえって聞こえにくかったとか文句も言おうかな。 (ますます変なヤツだと思われるだけかも)
ぽむ日記は、菊川怜にとても好意的で建築学会の表彰を期待なされておるが(藁)、その妹の 菊川舞も東工大の確か土木なのでがんばってほしいものである。ちなみに菊川怜は、なんか新刊 の「頭のよくなるクッキング」とかいうのが売り上げ不振なのか、銀座の福屋書店の前を 通りかかったら、サイン会直前に値下げが決まったので予約の人は返金、とか書いてあって かわいそうに。うーむ柳下よ、同窓会で買い支えるとかそういうのは……ないか。でも彼女が出た とかいう映画のプロモかなんかで東大建築対談とかやるとよいのではないか、と。いったい コンクリートの調合に遺伝的アルゴリズムなんぞをつかわにゃいかんのか? スランプぬいて おしまいでいけませんか、というあたりをつめていただきたい。
しかし菊川家にもう一人妹がいて都市工にきたりしないかなあ。都市工学科は、卒業生に変な職業の人が たくさんいるのが自慢で、いないのはベストセラー作家とアイドルタレントだけ、というのが内輪の 冗談だけれど、ベストセラーじゃないけど物書きはぼくがなんとかするから、あとは本気で アイドルタレントが出るとおもしろいだろうに。なんて思ったりしたのである。
関係なくもないが、今日とても感銘を受けたサイト:
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/4864/index.html
それぞれの女の子がどうやったら美しく魅力的に見えるか、というのを、アングルからカメラマンの特質から、ふみこんで
レビュー。自分の趣味ではない女の子についてまで、きちんと「こうすればよくなる」を指摘。
いわゆる男性誌から、コミックのグラビア、パソコン雑誌はあたりまえで、さらにCutieからmc Sister, Seventeen
と、女の子が載っていればどんな雑誌でも扱う! すごい。しかもこれだけの雑誌をすべて自分で買っているというのが
もっとすごい。ほかのアイドルマニア系サイトの、スキだ嫌いだかわいいだいうだけのシロモノとは格がまったくちがう。
あと、「旅人へのアドバイス」が笑える。
まちがった。唇寒し、ですね。寂しいのは食いしんぼだから :-)
ところで、某ウェブマガジンに11月に渡してあった原稿が世紀を越えてまだ掲載延期ぽいので
引きあげました。ふう〜
細々と自分のところで公開いたします。夏のおはなしなので anti的に思いっきり季節はずれ。
とりあえず前編(ちょっともったいぶってみる)。
http://ruitomo.com/~rayna/entropic01.html
同時に、関連リンク集も作ってみました。
2000年12月31日の大量登録により、 杉田玄白登録文書が正式テキスト、協賛テキスト あわせて100個を突破しました。 すごいことですねえ。20世紀中に本当に100個を突破するなんて。 関係ない話題で失礼しました。
>うーん、これ以上はもの言えば唇寂しってかんじ。ひゅるる〜〜
「男性」側にそっくりそのまま投げ返すと愉快です。
お屠蘇気分も抜けないままに、部室が学歴板と化します。
「そういうときは身を隠すんだ!」 (バニング隊長)
この件について、あるヒト(匿名)は、
「あのヒト(遥さん)は自分のお母さん嫌いだから」
とコメントしていました。(もっと寒い)
>だから石原里紗さんを加えてほしかったというのは激しく同意。
恐い恐いリンクをいくつか。(いや、うちも扱ったことあるけど)
http://www.ninjin.net/radica/HTML/990122.html
http://natto.2ch.net/test/read.cgi?bbs=nanmin&key=972951610&ls=50
http://yuk_hunter.tripod.com/
うーん、僕には、ほつまさんが言うように、遙さんが「主婦を敵として」という話を
自覚的に煽っているようには感じられないな。というか、そういう風に話を持っていって
しまうことをまだ躊躇する部分があるから、アジとしては歯切れが悪くなってしまう
のではないかと。だから石原里紗さんを加えてほしかったというのは激しく同意。
以下、ひとりごと。
ええと、フェミってのは、基本的に「知的な働く女性」を応援するんだけれど、
そういう運動自体が「主婦」の中の一部にとっては当然の理由から不快だったり
もするからねぇ、そういう主婦はフェミ運動の敵になってしまうのだけど…。
でも、フェミの正統派は「すべての女性」のための運動っすから。
立場上なかなか難しいっすよねぇ。
たぶん「若干だけ劣勢な社会的立場」と「独自のライフスタイルや文化」を
持ち合わせている集団の政治運動は必ず直面する問題なんだろうねー。
原住民の平等な社会参加だの、地域の活性化だの…。
つまらない様だけれど、結論は政治的なバランスを考えて…。<以下略>
>あれはあれで有効なアジだと思います。「知的な働く女性」と
>「ただのつまらない主婦」を差別化していく効果があるからです。
それって違いがあまりに歴然としててことさらに差別化する必要も何もない
ような…… うーん、これ以上はもの言えば唇寂しってかんじ。ひゅるる〜〜
質問した私が悪いのですが。
よしださん、メガネの話読んできました。
堺屋太一氏だけ浮いてません? ほかの誰かに交換できないかと思って、
今朝母に「知性派でメガネかけてる人って誰か思いつく?」と聞いたところ、
「知性派って…、さあねえ、わかんないけど、堺屋太一?」
ですと。質問した私が悪いのだが。(←やや強引な落ち)
>(編集部) フェミニストの女性は同性に嫌われがちです。それは職業生命に
>かかわるリスクではないかと思うんですが。そのへんをあえて乗り越えて発
>言する理由は?
上に引用した永江朗さんの発言のあたりから、遥さんは“敵としての主婦”を描き出していきます。
>遥・斎藤対談がアジだとして、どういう人に向けてのアジなのだろう。私はしらけた。
遥さんらがアジってるのは主婦を敵とみなしているヒトだと思います。「知的な働く女性」の一部はそうなので、そのヒトらはアジられます。「フェミニズムに理解のあると称する男性」の一部もアジられます。「敵」VS「われわれ」という二者対立を描き出して問題を単純化すると、とてもわかりやすくていいですね。政治運動や商売はこうでなくちゃ。
>(遙) だけどいまは、「男性による抑圧社会だ。女性を解放しろ」という言葉に共鳴できない主婦がいっぱいいらっしゃる。闘いが無理な時代ですね。
>(遙) これだけ分化されると、闘いとか解放っていうのは個人レベルに拡散される。
>(斎藤) このやり方で100年きたんですよ。
遥さんらは「昔みたいなフェミニズム運動をやっててもこれ以上何もかわらないよね」と思っていて「ただのつまらない主婦」を敵として描き出して「知的な働く女性」を結束させよう、と考えているのでしょう。憶測。彼女らの目的が「知的な働く女性の職業的アイデンティティの確立」であるとすると、あれはあれで有効なアジだと思います。「知的な働く女性」と「ただのつまらない主婦」を差別化していく効果があるからです。
で、ぼくが長々と書いたことは良くわかってんだけど、やっぱりそういうのはつまらないから「語ると普通。」なんですよね、玲奈さん。あの対談はこの御方を交えてやって欲しかったな。藁。
>チョムスキーの社会活動家としての側面って、昔amazon.comの書評でも書いたけど、
>やっぱり普通の左翼リベラルでしかなくて、なにが特筆すべきものなのかはよくわからない。
この 『Chomsky for Beginners 』の書評ですね。
ふむ。『世界の知性が語る21世紀』も1人に割かれているページは少ないなかで、
チョムスキーの政治的な活動や批判の面により多くのスペースをあててあります。
ベトナム反戦運動で一度ならず投獄されたり災難に遭ったこと、インドシナや東
ティモール、ラテンアメリカ等に対する米国の介入を批判し、近年はネオリベラリ
ズムを批判の矛先とし…えとせとら… 。 私は著名な学者のそういう側面を
きらびやかな勲章として描く週刊誌記者の筆致に幻惑させられている面もあるの
かもしれません。
山形さんの書評と合わせて推察するに、チョムスキーに関してはこういうふうに書く
というある種の定石ができていたりもするのかな。
遥・斎藤対談がアジだとして、どういう人に向けてのアジなのだろう。私はしらけた。
うん、まあそうっすね。でもぼくは斉藤みなこはとっても期待しているので、ちょっと不満だったのです。
遙さん>結局、私たちのイヤーな気分というのは
彼女らの目標は「知的な働く女性の職業的アイデンティティの確立」ですよね。(憶測)
経済的に虐げられてるから何とかせねば、というストーリーじゃなくて、
結婚、仕事など重大な選択をしつつ、自らを肯定できる生き方を探すにはどうすればいいか、というストーリーだし。
山形さん>単にノーアイデアってことね。
アジなんだろうし、具体的な話にならなくてもいいと思います。だいたいでいいじゃない。
あけましておめでとうございます。
http://www.nk.rim.or.jp/~pom/nikki/0012.html
ぽむ日記12月版に、「知性は、メガネなしではくどいのではないか? 」
と題して山形さんのお名前が。
ご存知でしたらどうもすみません。
でもやっぱ……オンラインで読むのはつらいなあ。それにチョムスキーの社会活動家としての 側面って、昔amazon.comの書評でも書いたけど、やっぱり普通の左翼リベラルでしかなくて、 なにが特筆すべきものなのかはよくわからない。
2chで、山形は画面の範囲の短いものしか書けないといわれたのにヒントをもらって、 大きい液晶ディスプレイを新しく買った。確かに前後の見通しがよくなるなあ。さあ これでスケールの大きなものが書けるようになるぞー(予定)
A Life of Dissent というのが MIT Press から出ていて、http://mitpress.mit.edu/e-books/chomsky/で全文が公開されています。ディスカッション・フォーラム付きです。こういう出版形態って専門書では増えてくるんでしょうね。
>イタリクスと斜字とどうちがうのか教えてくれ。
質問を誤解しているかもしれないんですけれど、CSSのfont-styleのことだとしたら、
italicはitalicの書体を使って、obliqueは(obliqueという書体があれば使うけれども
ふつうは)normalの書体をむりやり斜めにする、という違いなのではないでしょうか。
(だからそれが何なのだ、と聞かれても私はわかりません)
IE3.0やNN4.0あたりまではitalicのほうしかサポートしていなかったのでは。
http://www.w3.org/TR/PR-CSS1-961112#font-style
いなばさんと高田さんの情報もぶちこんだのである(ついでに自前のも)。
結論が「システムを変えなきゃ」か……この人たちの考えてる「システム」ってなんなんだろう。
それまで話していたようなことでないとすると、革命して全部ひっくりかえさなきゃだめになる
けど、それまでの話でみんなそれを望んでいないということも言われているし。
KMFDM じゃないんだから、単にノーアイデアってことね。まあそう簡単に答が出る
はずもないんだけれど、ゲスタ・エスピン=アンデルセンの「女をこきつかって福祉社会の帳尻
をあわせろ」という提案のほうがずっとすごみがあるなあ。
あとbk1では、斎藤美奈子&遙 洋子が語る、新世紀女性論。
S.グリフィスス編『世界の知性が語る21世紀』を最初から順に禁欲的に読んで
7人目のダニエル・デネットまで終わったところです。
それぞれの簡単な履歴がまとめられていて門外漢にも読みやすい親切な作り。
とくにノーム・チョムスキーの政治活動家としての側面はまったく知らず、
こんなにおもしろい人だとは。
「全体主義体制にとって暴力が有効なように、民主主義にとってはプロパガ
ンダが有効」であり、「ベビーブーム」世代が引退したあとに財政破綻がくる
といった話は「よくできたプロパガンダ」だという。
デネットはといえば、グリーンランドの住人たちが敵に呪いをかける際に使う
トナカイの角製の半人半獣像に魅せられて、さっそくトナカイの角を入手し、
呪いの像制作に精を出している、とのこと。(誰を呪うつもりなのだろう(笑))
魔術好きの山形さんのために、作り方を紹介したウェブページがないかと
探したけれど見つけられなかった。
某企業の某大規模開発のちょうちん持ちです。が、コンセプト本なので、背景になっている考え方 をうまく伝えればいいだけだし、いろいろまぎれこませて遊ぶ余地もありそう。うふふふふふ。
のウェブサイト http://www.brucemaudesign.com/
An Incomplete Manifesto for Growthがかっこよかったりする。
昨年末に新刊『Life Style』が出たばかりなんですね。
山形さんとどんなお仕事をすることになるのかなあ。ぜんぜん想像つかない。
「CUT」End of Print と本の未来。 の、
S,M,L,XL は、フォントを変え、ページや文字ブロックを断続的に配置し、文字の深みや期待だけを利用しつつ実際の文の意味を遠ざける。図や写真、文字、そのそれぞれの視覚的な感覚と意識的な感触のずれが、この本の独特の味わいをつくりだしている。あたりを読むと期待感が高まります。
DTP でカーソンやマウのような自由を追求する人はまれで、通常はむしろDTPの影響とは、ソフトの能力内でしかデザインできない不自由さを、何の疑問も抱かずに受け容れることのようだから。
本の本質は、情報云々よりも実はもっとインターフェースである紙面なり字面なりに依存しているのではないか。それをうまく捕まえたとき、初めて本の未来が見えてくるのではないか。S,M,L,XLや End of Print を見る/読むと、そう思う。
「無節操。」第五回ですね。こちらですね。
間違えてませんように。
今回のbk1「無節操。」の更新て、ここですか? 更新の順序が逆になってるんでしたっけ。
・・・・・・・山形さん
>特に最後のページの脳のCTスキャン、そそるよなー。やっぱ海馬は最高だぜー、うひひ>ひ。それにこの脳梁部分のくいこみ。たまんねーなグフフフ。
(草思社)のページができたのは、やっぱり非合法活動のおかげなんでしょうね。
でもこちらのページの方が、訳も丁寧みたい。
(草思社) 『銃・病原菌・鉄』関連文献リスト(Further Readings) http://www.soshisha.com/books/1005b.htm
bk1無節操が更新されているのだった。
なにはともあれ明けましておめでとうございます。
今年も勝手に広報部をどうぞよろしく。
>いっそのことぜんぶえいごでかいてくださぁい。
....Does the word "duh" mean anything to you? Some people are, like, sooo clueless.
閑話休題:懸案のプロジェクト、20世紀中に完成させたぜ! というわけで改名:
反社会非合法組織Guns, Germs and Steel Further Readingsを勝手に訳して公開した会
今世紀の活動はこれでおしまい。ではみなさま、また来世紀に。
ことばがむずかしくてなんだかよくわかりませえん。いっそのことぜんぶえいごでかいてくださぁい。
偶然と必然を結ぶ存在としての物語を考慮することなく、いたずらに恣意的で血の通わぬ数字の遊びと して事象をとらえようとする思考のありかたに、数学や科学偏重の現代社会が陥った世界との深い断絶 や現在のチャート式つめこみ教育の弊害、およびヴァナキュラーな知の衰弱と神を喪失した人の不幸が ひしひしと感じられ、まったくもってこの過ぎ去ろうとする二〇世紀というのがいったいわれわれにとって どんな意味を持っていたのかと天をあおぎつつ、深いあわれみを禁じ得ぬものでございます。
際限なく苦悩しておられるようなので、こちらで続きをやっていただいてもかまいませんが。>柳田様
当たったら次の予想に進むやりかたは結構高確率では?
景品のダブりがありうるとして、
外19
当外19
当当外19
当当当1
ありえる結果の数は全部で58、ダブりなく製造されている場合は55。
だから確率は1/58 または 1/55 だと思うんですけど、どこか間違っていますかね。
割るごとに次のあたりを決めるのも、先に3回決めとくのも同じですね。
やはり 1/8000 ですね。
ブルース・マウですよね。ど・どんなお仕事なさるんですか? 楽しみ! http://www.post1.com/home/hiyori13/cut/cut199612.html
割るごとに次のあたりを決めてったのだから、1/6840にはならないのでは?
3/6840 か 3/8000 だと思う。
なんかブルース・マウと仕事をすることになってしまった。あたふた。どうしよう。
けど。夕方ちょっとご近所におつかいをたのまれて、
そのときちょうどピングーのエッグチョコレートを食べてて、
というより壊してて、
(写真はこんな感じ。ここには、3個入りのチョコにフィギア1個と組立おもちゃが
2個って書いてあるけど、私がもらったのは3個とも完成品が入ってる。)
箱に20種類のピングーファミリーの写真が載ってて、1個目を割りながら
「ピングーパパがピンガを肩ぐるましてるのがいいな」と思ってたら
ほんとにそれが出てきたのでびっくりして、つい2個目にとりかかってしまって
今度は「ピングーがフリスビーしてるやつ」と思ったらまた当たりで、うっそー
って感じでそうしたら3個目いくでしょう。
もうほとんど確信して「潜水用のゴーグルと足ひれつけてるの」と思ったら
やっぱりそうだったのでこわいくらいだった……
ぜんぶ当たる確率って20の3乗分の1か、20x19x18分の1だよねー、すごいなあ、
ってぼおっとしてるときに、おつかいをたのまれた、というわけ。
それでほとんど上の空のままスカートに履きかえジャケットをはおって、
外に出たら風が吹いててやっぱり外は寒いなあ、と小走りで門を出てまもなく
お隣さんとすれちがってあいさつして、それから角を曲がりながらどうも
涼しすぎる、と街灯の明かりで足元を見たら…… ペチコートだけ履いて、
スカートを履き忘れていた。(ペチコートといっても下着のじゃなくて、
スカートとおそろいの同じ紺色のだから、お隣さんもきっと気づかなかった、はず)
どーだ。これに勝てる人はいないでしょう。
靴下なら僕はいつも。
最近は、水色とピンク色、もしくは、紺色と白というのが多いな。
いや、靴下って片方だけ見つからなくなること多くてね。どうしても左右違っちゃうのだ。
見つかるまで待つっていう手もあるけど面倒だし、一時は、すべての靴下を同じ柄にして
それ以外の靴下を捨てるという根本的解決も考えたんだが、うーむ。
ま、最近はそれを逆手にとってファッションとして楽しもうと。
関係ないけど、七尾さん、おもしろいな。
レポートがんばれ。
Train Manというのはめちゃめちゃ言い得て妙だなあ。他の作品もそうだったとは。
すれちがいの美学というべきか(笑) インドに携帯電話が普及したら悲劇の物語は
どんな変貌を強いられるのだろう。
『ディル・セ』で冒頭の列車の屋上ダンスにうちのめされて以来、ウェブでインドの
列車の写真を探し、宮脇俊三『インド鉄道紀行』まで買ってしまいましたが。
>>単純な愛賛歌
>だけではないにしても、話がかなり分散していたような。
ふむ…。この話題は空組に回収して続けたいと思いますので、よろしく!
私は5作品しか観ていませんが、1998年のインド映画祭(@赤坂)などを含めると
Alaipayuthey 以外に監督した15作品のうち
Mouna Ragam, Nayakan, Anjali, Thalapathi, Roja, Bombay, Iruvar, Dil Se
の8本が国内で上映されているようです。
たぶん固定ファンは劇場を満たすぐらいはいたのだろうと思いますが、
TOKYO FILMeX の存在自体を知らなかった人が多いのでは。
(共催の)朝日新聞でも小さい扱いで、フィルム・サプライズの存在や、作品名が
公開されたことに関する記述はあったとしても気づきませんでした。
タミル映画系の国内の掲示板には早くから情報が載っていましたが、『ボンベイ』が
公開されたときの観客の年齢層はかなり高く、ファンになったとしても
その後インドの映画に関する掲示板をチェックしていた人はごく少数だと思います。
Alaipayuthey が公開されたとして、観客が集まるかどうかもWeb外での広報しだいかと。
(『ボンベイ』はわりと入っていましたが、『アンジャリ』はがらがら)
>単純な愛賛歌
だけではないにしても、話がかなり分散していたような。カットによるものかもしれませんが。
# Train Manという評も。
あ、なんかデジャヴュ。
あーんど、16章今日こそは送ります。すまそ。>やまがたさん。
>一瞬コレ、伊丹十三の話かと いくらなんでもいくら私でも、伊丹十三なら忘れませんてば(--; た・ぶ・ん
ボリス・バルネットでまちがいなさそうです。どうもありがとうございました! Boris Barnet Date of birth (location) 16 June 1902, Moscow, Russia Date of death (details) 8 January 1965, Riga, Latvia, Soviet Union. (suicide) http://us.imdb.com/Name?Barnet,+Boris http://allmovie.com/cg/x.dll?UID=3:34:14|AM&p=avg&sql=B|80750 >PRの仕方を間違って、ラトナムの作品にしては全然人が入らなかったとディレクターの人が嘆いていた。 ああやはりそうですか。私も、すいててびっくり&がっかりしました。 作品については『ディル・セ』に比べると、え、どーしたの?という感じは否めないかな。 夫婦喧嘩を見せられてもなあ、っていうか、単純な愛賛歌みたいで。 映像はきれいだし曲もダンスもよくってじゅうぶん楽しめましたけれど。
私のいいたいことはね、要はセクシュアリティの話しじゃないんですかって事。 そしてそれは、一人一人が微妙に異なるものを持っている訳で、さらには 自分のセクシュアリティーは自分が一番わかんないんだから、ましてや 他人にはよもやわかりっこないってことよ。 何に興奮するかとかね、そういうのは個々人のコンテクストでもって決まるんだし、 それをみんなで共有するのは無理な訳だからー、その中で自分の感性に合うひと をどれだけ見つけられるか、見つけられたらそこで仲良くすればいい。
山形さんがこんな(おもしろい)ところを教えるから レポートが欠き終わらないじゃないかーもう。また留年するわよ。 でね、私誰かにいいたくてたまらなかったんだけど、 「淑女の雑誌」は、日本からの出張者がおいてってくれる(外国にいた 私には)数少ない故郷のかおりを伝えてくれる素晴らしいコーナーで、 小学校一年生くらいから欠かさずよんでた。あと侍っぽいマンガと。 そして親が「教育のために」と取り寄せた「日出る処の天使」が 私のバイブルだったなー。親のヴィデオ棚にあった「えまにゅえる夫人」とかも 小さいころから好きだった。 だから何をいいたいんだってかんじだけど、 「淑女」はいいものだとおもう。なつかしくて今でもたまに立ち読みする。 だけどやっぱ今読んでもつまんないんですね。かなしいことに。 てゆーか今気付いたんだけど私の親ってどーゆー親だよ。
思ったことは思ったようにぜんぶ書いたのでこれでほんとに切り上げます。
あとは独りで考えますので。おさわがせいたしました。
ぜんぜんわかりませーーん。ゆーすたしゅじゃないでしょうか。 そもそも『映画史』みてません。 「ぜいたくな骨」は、うーん、面白くなかったですか。私も みれなかったけど。でもゆきさだいさおってハル・はーとリーの弟子 でしょう? 「ウェイブ」がフィルムサプライズになったのは、 マニ・ラトナムの固定ファンを呼び込もうという宣伝・戦略的意図が あったらしいです。だけどどうもPRの仕方を間違って、ラトナムの作品にしては 全然人が入らなかったとディレクターの人が嘆いていた。 それに、この作品はラトナムの中では最低の部類に入るのではないかという のがもっぱらの評判です。
>その前に私がほつまさんの発言を
>咎めるなり何か対処していたら、おそらくは出てこなかった発言です。
ほんとうにそう思いますか? ほつまさんよりはその直前の山形さんの発言に誘発された表現だと思うけれど。しかし、こういう話題を詰めて検証するのは不毛かな。
>こんなふうに、何もしない選択もまた影響をおよぼす
だからこういう感性にも反対。なにもしないことに責任を感じる(もちろん明示されてる責任の不履行は、違反の実行なのだから別の話)のは偽善的。
あとちょっと事実について質問したいところがあるのですけど、タイトル誌の最新号を買う前に、水着グラビアにかんする不快はれいなさんの中で顕在化してたわけですか? ならあの表紙を見て、「あ、これは載ってるな」と思うのが普通じゃないかと思う。(思うだけですよ。) とすると、れいなさんの議論の前提がちょっとおかしくなってしまうのではないかしら。韓国特集の号をタイトル誌にかんして無知なまま表紙買いしたぼくの知り合いさんは、まったく「かわいそう」としか言えないと思うような表紙だったけれども、今月号はどうかしら。そしてなにより、いままでタイトル誌の傾向をまったく知らなかったのかということも。
べつに常に整合的であれと言っているわけではないですよ。でも混乱している状態がまとまって落ち着いてくるのって気持ちよくないですか。
感情をどこまでだすか我慢するかみたいな議論には興味ないです。ほつまさんのいうとおり、思ったことは思ったときに口に出して、リアクションをひきうければいいのではないでしょうか。もともと人は「自身の趣味嗜好を他人に押しつける」ものだと思うし。(それをしないで生きる甲斐はないとさえ思う。) それをした上でのごたごたを負担に思うのであれ「ば独りで考えていればいいこと」だし。
ボリスバルネットです
一瞬コレ、伊丹十三の話かと思ったんだが、時期がちがうし……
トンデモをこよなく愛するあなたにお土産。易で読み解く・知ってはいけない聖書の真実。
>ほつまさん、
>解決策っていっても、「セクハラ防止のガイドライン」みたいなのは勘弁(笑)。
>ていうより、私はそういう意味での解決策を求めてるわけでは全くないのです。
>なぜなら、そんなので解決なんてぜったいしないから。
あ、それは良くわかります。聞き分けのないヒトがいっぱい集まってきたら、そういう解決策もあるけど。
http://www.geocities.co.jp/Playtown/3698/200004diary.html#000401_3
>で、そのあともごちゃごちゃ書いてるのは、ある雑誌なら雑誌を見た人(たとえば
>この私)が、それを見たことを他の人たちも知っている場においていったい何を
>語るべきで何を語らないべきであろうか、というレベルでうだうだしてる。
不快なものを不快と言うのはまったくヒトの自由で、不快である理由を細かく説明する義務もないと思います。「あのグラビアはウザい」で十分。そういうスタイルでふるまっていても、れいなさんの言いたいことを了解できるヒトは了解できるだろうし(あるいは了解した気になる、これはこれで幸せのかたち)、むしろ、その方がめんどうも少ないと思う。
でも、れいなさんはコミュニケーションしたいという欲求があって、幸運なことに人並み以上の言語能力があるんだから、まあ、いろいろ書いてみるのもええんでないかい、と思います。説明するのがとても難しいことや、どんなに言葉をつくしても説明しきれないこともあるだろうけど。
あ、それと七尾さんがもしご存知ならぜひ教えていただきたいことが。
こっちの掲示板で、アジア映画祭での蓮實氏の講演に関して、
60年代に自殺してゴダールの『映画史』でオマージュを捧げられてる監督って
だれなのでしょうか。私はそれを聞いたのに名前を思い出せないのです。
反則王もダイ・バッドも観てません。しくしく。赤坂のアジア映画祭とかけもちだったし。 『贅沢な骨』は腹が立ってティーチインは聞きませんでした。 Wavesは待ち遠しかったです。Dil Se..のあと、マニ・ラトナムの新作を楽しみにしてたので。 けど、どうしてサプライズになったのかなあ。
ほつまさん、 解決策っていっても、「セクハラ防止のガイドライン」みたいなのは勘弁(笑)。 ていうより、私はそういう意味での解決策を求めてるわけでは全くないのです。 なぜなら、そんなので解決なんてぜったいしないから。 それと、私の言ってることが、結局は自身の趣味嗜好を他人に押しつけることを 正当化するためだったり(自分自身を欺いてでもね)、もしかするともっと悪い 方向かもしれない。そんな独善に陥らないように掲示板に書いてるわけだけど。 >テキストオンリーが3分割 これは以前、みほさんが質問して、そのときは山形さんが、派手派手ヴァージョンが 3分割なのでそれをもってきただけなんでしょ、と答えてはったと思うけれど、今回は 2分割なら説明がつかないですねぇ。 七尾さん、ようこそ! ここは「健全な市民」の集まりですが(笑) あと、Titleの水着グラビアは、悪いっていうんじゃなくって(誰もそうは 言っていないはず)、もちろんどう感じるかはその人その人の勝手だけど、 私はそういうのが載ってるとは思わずに見たので動揺したのと、写真は(色 っぽくて)よくできてるけれど、添えられた文章が気にくわない、悪趣味だ と思う、という話をしたのです。 で、そのあともごちゃごちゃ書いてるのは、ある雑誌なら雑誌を見た人(たとえば この私)が、それを見たことを他の人たちも知っている場においていったい何を 語るべきで何を語らないべきであろうか、というレベルでうだうだしてる。 七尾さんの「なにかいけないんですか、あれ? 」もそういうものとして私は 受けとめるわけです。
ええっと、ちょっとなんのことだかよくわからないけど、どうやら タイトルの水着グラビアのことでしょうか? 私あれみてどきどきして生協で二分くらい見とれてました。 なにかいけないんですか、あれ?
Waves お気に召しましたか?ワタシハひたすら大爆笑 してました。反則王にはマケルケド。 Die バッド見ましたか?私は仕事で見れませんでした。 クー。しかしスチールとポスターをくすねて満足。 ヴェルクマイスターのポスターもゲット。 誰もフィルメックスのことは知らないかと思ってたら やっぱり知ってるひとは知ってますね。 ワタシハ「健全な市民」だからこういうところには 出入りしちゃいけないんですか?
このピーター・フーバーって人もそのネタにからむような気がするんですが。
気のせいかもしれないが。http://www.phuber.com/
更新は、昨日の晩でしたね(負けず嫌い)。
それはともかく、テキストオンリーが3分割(派手派手なやつでさえ2分割)
というのは、なぜであろう。
ちょっちおじゃま。 めりーくりすます! あ、ちがうか。 タイトルでお報せは完了しております。 (書評好きさんと報告一番乗りを争ってるので、読む前にまず書くのだ) http://www.hotwired.co.jp/altbiz/yamagata/001226/textonly.html
「自分の判断が別の人たちにも同じ寛容を強いることに
つながり、同じように感覚を麻痺させるよう求めることになりはしないか。そのよ
うな“悪循環”がずっと今日まで続いてきているのではないだろうか。そうやって
もはやほとんど誰も望んでいないようなことまで延命させていはしないだろうか。」
この点は気をつけねばいけないですね・・・・
品田-平山-眞鍋のどれが「良い」か話すよりも、こういう話の方がおもしろいな。山形さんがときどきぼくにアイドルの話題をふってくるので、どこまで求められているのか図りかねていたのですが。
シンプルで有効な解決策として「男性は、女性の趣味について公共の場で語らないように心がける」というのが思い浮かびますが、他にいい考えはないものでしょうか。
柳田さん、綿密に読んでくださったのはありがたいですけれど、私だって常に
首尾一貫したスタンスですべてを書いているわけではありません。これがひとつ。
動揺や憤りのような感情も未分化なまま投げて、反応をうかがいながら論点を
絞っていけばいい、くらいのつもりで書き込むときもあります。
掲示板に書くのはそういうダイナミズムへの期待があるからで、そうでなければ
独りで考えていればいいことだから。
それから、柳田さんが見落としている重要な点があります。
私が読んでいることを他人から知られているものに対して、見逃すとか見て見ぬふり
をするということは、たとえ黙殺のつもりであっても容認と変わらないし、結託と
みなされてもしかたがない。じっさい、そのような影響をおよぼしてしまうかもしれ
ない。その場合、私には責任がないと言えるのだろうか。
原則としては、個人の工夫によって、見たくないものは見ないようにし、それでも
たまたま目にしてしまった場合は早く忘れることにして、棲み分けていけばいいの
だと思っています。でもその原則からはみだすものについて考えてしまうのです。
私はいったいどこまで寛容を装い、しばしのあいだ感覚を麻痺させるべきなのか。
それだけで完結するのなら、“ものわかりのいい女”を演じることにさしたる
抵抗はありません。けれども自分の判断が別の人たちにも同じ寛容を強いることに
つながり、同じように感覚を麻痺させるよう求めることになりはしないか。そのよ
うな“悪循環”がずっと今日まで続いてきているのではないだろうか。そうやって
もはやほとんど誰も望んでいないようなことまで延命させていはしないだろうか。
その前からの流れとして、22日に、ほつまさんの大きいことがいいこと発言で、
リンク先をうっかりクリックしてしまった私は(部長として、または最も熱心な
読者のひとりとして)、どう対処すべきか迷いました。何もしないことはすでに
書いたように、容認であり結託なのだから。
そのときもしも「この部室は両性誌を装った男性誌ではないですか」と誰かに
問われていたら、編集長的立場にいる私は返す言葉がなかったでしょう。
さらに今度は女性からのこの発言が続きました。その前に私がほつまさんの発言を
咎めるなり何か対処していたら、おそらくは出てこなかった発言です。
(こんなふうに、何もしない選択もまた影響をおよぼす)
「Title」は私が関わっている雑誌ではないので直接の責任はないものの、このような
経緯のあとで読んだために、水着の写真はいつも以上にさまざまな感情を私に起こ
させました。そうして、ここに山形さんの記事の感想など書こうとしながら、どうしても
そのことに触れずにはいられなかったのです。読まなかったふりをしない以上は。
そして、私ひとりの問題ではないと思い、私ひとりでは手に負えない問題だと思ったから。
ごめんなさーい、柳田さんへのコメント(他の方の疑問に答えることにも たぶんなると思うので)はしばらく待ってください。 パソコンの調子が異様に悪くてメモを書きかけると何度も固まってしまう。
ぎゃはは!< psychotic y demasiado barrrrato
FILMeXでAlaipayutheyを公開してくれたことに大大大感謝。
しかし、イブは働くに限ると思った(きっと来年は…)
高田さん、年末で忙しいのによくそういうところをチェックしてますね(笑)
あらすじだけでおなかいっぱい。
X'masって英語サイトでも普通に見かけるけど、最近のことなのかな?
2chに七尾(妹)まで登場しているではないか。だれか近隣部の人物らしき人まで書いてるし (このタイミングで書くということは……)。健全な市民の出入りするところではないのにぃ。
韓国特集の文春タイトル誌を、買ってから中味を見て「なんかきれいなおねーちゃんが載ってるから、そこではじめて私なんかが買う雑誌じゃなかったのがわかった」という人は知り合いにいました。その人はそれで雑誌ごと見るのをやめてしまったのですが、「免疫」をつけるためにいやなページを凝視するひとというのは、ぼくにとっては珍しい。
珍しいので、もしかするとぼくには計り知れない背景があるのかもしれないと思っていたのですが、いまいちわからないのは、(1)両性誌を装って男性誌むけの内容を載せるのはやめてほしい。のか、(2)作意が薄ければ男性誌むけの内容が両性誌に載ってても構わない。なのかという点です。身近にも「だまされちゃった」人がいる経験から、ぼくは(1)の批判なら賛成できるんだけれど、(2)の主張をする人はよくわかんないという感じ。
れいなさんが(1)の主張だけしているのならよくわかるのだけれど、(2)の主張がからんでくるから(ちゃんと読むと、はっきり(2)とも言い切っていないのがもどかしい)よくわからないのです。
でもまた、この批判は(3)雑誌のキャラクターを読みきれなかったのは不覚、それはそれとして私の不快は(2)として一般化できる。 …という(1)と(2)の折衷型の批判かもしれないわけですよね。(1)(2)と(3)が違うのは、最初から雑誌のトータリティーを判断基準のひとつとして雑誌を読む読まないの視点がないかあるかです。
(2)の批判は、内容をより両性的にしろということでしょう。(高田さんや山形さんの発言からもそれはわかる。キャプションの無機質化は、写真企画をより萌えない方向にもっていけということだから。) もし、れいなさんが(2)の人なのであれば、「ごめんなさい」って思うのはおかしい。「編集部に手紙だしてやる」とか、そういう発想になるはず。
(1)の批判は、ぼくの知り合いの発想と同じもの。知り合いは批判にまでいかなくて感想どまりだったから、「だまされちゃった」顛末を話すぼくへの口調も「場違いなところへ知らずに踏み込んでたのよ。恥ずかしい」みたいな「ごめんなさい」トーンでした。
だいたい、(1)の人は雑誌のトータリティーなどを求めないと思う。だからぼくの知り合いは、水着ページの存在を知った後はタイトル誌を読まずにうっちゃったし、そういう反応は充分ありえると思う。(タイトル誌とは関係ない話だけれど、司書のまねごとをしている別の知り合いは、公認されて、事務所保管の雑誌の水着ページを切り取って廃棄したりしている)
そして(2)の人は、極端な場合には「わたしは御社の雑誌を両性向けのものと思っていたのだから、実質も両性向けのものになりなさい」とか押し付ける、やっかいなタイプ。れいなさんはこの(2)のタイプではないのだろうと思うけれども、(2)のタイプがあまり好きではない私には、「(タイトル誌がわりと健闘していると思っていたが)だから評価が厳しくなってしまったというのはあります。」というフレーズが気にかかる。
で、さいごの(3)のタイプには、「う〜ん、じゃあもうちょっと修行がんばるんだね」としか言えない。こういう人は、雑誌のトータリティを見抜くあるいは楽しむことを目的(のひとつ)としているのだから、「もっと雑誌を読み込めば」というのがアドバイスになる。で、れいなさんは「細部を眺めて」いるわけだけれども、「わずかな感情も湧いてこなくなるまで」なのだから、これも違う。
だから、れいなさんの言うことは上記の(1)〜(3)のどれにも当てはまらないのです。ぼくとしては、れいなさんは(1)の人なのが(“反射的に詫びた”)、混乱しちゃって(“少しばかり憤慨”)、(2)の話題まで引き込んで「しまった」(“なんのために、と自問”)のではないかな、と想像するのですがどうでしょう?
もちろん、最初の投稿以後に展開されてる(2)のテーマ(キャプションの作意とか、有名人と(似つかわしくない)本)とかもそれ自体では、筋がとおっている気がするけれども、話題のきっかけが別の方向の重み付けをされてはじまっているので(「そうしてわずかな感情も湧いてこなくなるまで」という表現は、すくなくともぼくには「何が起こったんだ?」という気になるほどのもの)、ほかのひとがうまくレスをつけられないということはあるのではないでしょうか。
>そいで、柳田さんのその質問は質問なの?
あ、いえ。ぼくのように「杉田かおる」「ごきげんよう(しかも大阪出張の公開収録)」「松岡正剛」というそれぞれのトピックをすこしずつ(このすこしずつというのが大きいのかもしれない)知っている人間にとって、この3つの要素が合体するということが意外で意外でしょうがなくって、このなんともいえない気分をどなたかと共有できないものかと思ったのですが。
グラビアに添えられてる文章も魅力がなくて・・・ 写真に合わせているとしか思えません。
玲奈さん、グラビア写真お話はもう終わりでしょうか?
いや、うちのそばにTitle、売ってないんです。昨日買ったのですが、わたしはこの井川遥の写真、うーん、あんまりよいとは思えませんでした。それでどう書こうか迷ってしまって。
普通のグラビアというか、特に見たいと思うような写真でもないし、見たくないとまでも思えません。無くてもいいぐらいにしか言えないんです。
それに対して、玲奈さんのように、見たときにまずあまりよい印象を受けず、かえって「自分は読者と想定されていなかった」と感じ、にもかかわらず、雑誌の他の内容や記事には興味を覚える人がいるのなら、写真としても、むしろ失敗なのではないでしょうか。
でも・・・どうなのかな。作り手は、「こういう写真見たい人のための雑誌です」という感覚で作っているのでしょうか。
例えばこの写真に比べるとCut(2001年1月号)の写真は、悪くない、ビョークの写真なんかなかなかいいと思います。
松岡さんとは知り合いだからどうのこうのってことに関して。
ちょっとした小噺なんですけど。
杉田かおると「男の書斎」のイメージがダブったとき、可笑しさが倍増したので、
その可笑しさを共有して欲しい、と、思ったんですけどね。
もしか松岡さんがこれ読んでも別に怒らないと思ったし。
そういや杉田かおるも脱いでた気がする。
ところで本日「南無妙法蓮華経」と書いた看板を背負った車が、
「南無妙法蓮華経」と連呼しながら通り過ぎていきました。
>彼の雑誌(の編集者)の第一の使命は、商品を「水着写真が載ってる雑誌」として
>成立させることでしょ。
分からん。
「女の子の水着写真が載ってる雑誌」、たとえばTitle(サイゾーでもいいんだが)
から水着写真を省いたとしたら、それはもう別物。彼の雑誌(の編集者)の第一の
使命は、商品を「水着写真が載ってる雑誌」として成立させることでしょ。
端折って言えば「水着が載ってない雑誌なんて『雑誌』じゃねえ!」のです。
違和感を感じる読者が出てくることは、もちろん想定済み(雑誌というのはそんなに
無防備なものではない)。今回のTitleはむしろ意図的にそういう造りをしているの
では? と思いますが如何。