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2000/4/11-4/20の苦悩



4/20

昨日はおやじと飲んで、なんとなくいい気持ちというか「ああおやじも年取ったなあ」と微妙な感慨にふける。だからどうしたなんだけどなんとなく変な気分だった。帰ってきたあとテレビ見て泣いちゃったしさ(笑)。ゆれるお年頃。

ああ、僕は「哲学派」ではないです(あたりめーだ)。「情報屋」というのが一番近いです。おもしろいことはないかと探してるだけで、とりたてて内省に沈んだり、宇宙の真理について考えたりってこともないです。あ、でも結論を出さずにただ夢想するってのはよくやってますが。あと自己嫌悪に沈むってことはしょっちゅうありますがね。「目指せ、中庸」が最近のキャッチフレーズ(←嘘)。

仕事が思ったよりも進まず結構焦っている。いざ書こうとすると意外と書けないってことがたまにあるんだよなあ。特にある程度自分が詳しいと思ってる分野ってそうだな。あんまりしらないとそれはそれで書けちゃうんだけど(それでいいのか?という突っ込みが聞こえてくるが)、自分が知ってると「あれも書きたい、これも書かなきゃ」ってなって、なかなか進まない。インターネット関連の仕事だと特にそうだ。あんまり濃ゆいことも仕事じゃ書けないし。困った。

「いーみなーいじゃーん」ってフレーズが最近のお気に入り。打合せで使うと怒られますが。

ああ、まだだったんだ。



4/19

昨晩は「ビットバレー万歳」飲み会。あの内容を「覆面座談会」とかで記事にしたらおもしろかろうなあ。僕は一次会で帰ったけど、あの後の二次会はどうだったんだろう。あの堅実な経営で知られた楽天も公募価格を下回るし(それでも時価総額は約2,500億円ってのもすごいけど)。IPOが自己目的化してるってのはやっぱりいかんよな。「日本には『投資』市場なんてない。『投機』市場だけだ」ってせりふにもうなずける。なんにせよ、真贋を見極める目を持つためには正確な情報と、それなりの(専門的でなくていいと思うんだが)判断力がないといかんよな。やっぱり「啓蒙」(笑)?

毎日歩いて通勤すればおそらく一日10gくらいの脂肪を理論上は燃焼させられることが判明。でも今日はタクシーできちゃいました。だめだなあ。昨日も飲んだのに。+7g。

今日届いた「Software Design 5月号」の「岩谷宏のOpen Noises Mining」でビジネスモデル特許に関するコメントが。Amazon.comのJeff Bezosを(Bill Gatesと同様に)「わかってない人」とばっさり。うん、でもそうだよなあ。そしてまたも結論部分にはLessig先生の引用が。むう、Lessig先生はサイバースペースの法倫理の第一人者なんだなあ。気合を入れて読まねば。

そうそう、こういうのが見たかったんですよ。崎山さん、さんきゅです。こういうのを一般化するための方法論ってないもんですかね。とりあえずは加藤尚武氏あたりの応用倫理学関連を読んでみるんですかね。しかし、積読リストは増加の一方。いつ読めることやら・・・あ、それでも引き続き情報求むです。よろしく。



4/18

今日は健康診断。体重は入社前から比べると10kg増。毎月約200グラムずつ増えている計算だ。一日あたりだと約7グラムか。げげげ。脂肪1gで9kcalだから、結構なもんだな。これを回復させるには・・・ってやめよ。視力検査ではいまだ両目1.5をキープしていることが判明。丈夫な目だな。ちなみにうちの親は僕の目があまりに良すぎるので「おまえ、勉強してるか?」と心配してた。わりーかよ。

倫理と法律を勉強する必要性を感じている今日このごろ。世の中のシステムを本気で変えたいと思うのであれば、こっちをやったほうが早いのかもしれない。アマルティア・センがノーベル経済学賞を取った理由なんかも思い合わせると、こっちの方が喫緊の課題なのかも。科学のみでは決定できない問題、民主主義に任せておいては解決できない問題、個人の尊厳だけでは説明できない問題なんかを統一的に記述できるのって実は「倫理」なのではないか。そして、それを是是非非でこなしていくにはやはり「法律」しかないのではないか。

例えば遺伝子治療。これってやれば絶対個人のプライバシー(遺伝子情報)は利用され、漏洩する可能性が高い。これを縛る科学はおそらく存在しないし、経済学では結局外部性があるので分析の対象としては扱いづらい。かといって個人の尊厳ということにするには人類全体に影響する可能性があって問題が大きすぎる。というわけで結局、規範としての「倫理」、実務としての「法律」という組み合わせしかこういった問題を取り扱えないのではないか。

とすると僕の言っている「知的階級差別」はどういうインパクトを受けるだろうか?現時点での浅い考えではたぶんプラトンの言う「哲人政治」に近くなるんだろうな、という感触がある。ではその選択過程・運用はどうする?そこまではまだ考えが及ばない。ようは倫理体系くらいでしか人間は(社会は?)「生命」に関わる問題を扱えないのではないかと思っている。で、現在の科学は生命の定義自体を曖昧にしてしまってるんじゃないか。例えば現在科学技術庁とかで議論されているクローン系の議論では、「生命」といわずに「生命の萌芽」という表現をつかっている。ES細胞なんてどこまでが単なる「細胞」で、どこからが「生命」かなんてのは決められない。そうなると新たな「倫理体系」が必要になるのではないか。科学技術の進歩に対応するほど倫理は発達してるんだろうか?

ジェイン・ジェイコブスはこの倫理体系の再検討を経済の分野でやった。だれか科学技術の分野で(宗教裁判にならずに)これをやってくれないだろうか。それとももうあるのだろうか?現在の人間の数は地球の環境収容力を超えているって議論がある。「死ぬべき人はそのまま死ね」というマクロな結論以外をここから見出すことは可能だろうか?それともそれは人間が地球環境に依存してるふつーの生命体の一種として受け入れるべき結論なんだろうか。こういうことを検討することが僕の言う「倫理」なんだけど。科学哲学あたりはこういうことをやってるのかな。情報求む

こういう時こそ無人監視カメラ。技術はこういうところでつかわんと。

明日も飲み会だ。というよりはおやじがくるのだ。何の話をするんだか。今日聞いた話をやってみるか。って一言もわかんねえだろうなあ。



4/17

ほんとはやることが結構あるんだけど、なぜか月曜日は調子があがりませんな。とりあえずちびちびと事務処理をこなしながら、資料を読み漁る。さて、明日くらいに今日読んだ資料をまとめるか。はあ、体力勝負だな。とはいえ、指先の酷使だけだったりするんだけど。

稲葉さんからジェイン・ジェイコブスの新著を勧められるものの、結構積読リストはすごいことになっている。更新しなきゃ。というわけで積読リスト(4/17)。

うひー、ぜんぜん減ってないぞお。唯一「エンデの遺言」は読み終わったんだが。ただこれはジェイン・ジェイコブスの新著とあわせて感想を書くべきだと思っているので、今は保留。なんか疲れてるなあ。たいして何かをしたわけではないんだけど。明日も飲み会だしな。肝臓を酷使しすぎかな。山形さん無事モンゴルより帰還。さっそく与太話。そりゃそうとあの話ほんとなんですか?だとしたら気合入れないと。うう。

余談:なんとなくここは要チェックかも。



4/16

同期の結婚式の二次会へ。代官山なんて久しぶりにいったな。同期はあいかわらずでなぜか盛り上がりました。しかし、二次会で誰かがバイオリンを披露するってのは必須なのか?これで3回目だ。



4/15

昨日は秋葉原の中華料理屋で珍しい中国酒をちょいと頂いて帰る。復活してよかったよかった。

今日は散髪にいって、そのあとはだらだらして過ごす。だって雨だしさあ。なーんか憂鬱な一日でした。



4/14

今日は大阪。ぼちぼちの仕事をとってきて帰りの新幹線で軽く祝杯をあげる。

車内にてピカ通ネタで盛り上がる。ふと横を見るとコム○ンの社員の人(もっていた資料でわかった)がこっちを苦々しい表情でにらんでいた。さらにお酒がおいしくなる(笑)。いや、それにしてもネット総研とか、クレイフィッシュとか大変なことになってますな。光モノ(およびその他もろもろ)は一族郎党そろって消えてなくなるかも。いやー、そうなるとお酒がもっとおいしくなるなあ。

ついでに特許庁ビジネスモデル特許に対する見解を公表。これって「ビジネスモデル特許」を「ソフトウエア特許」とほぼ同様の取り扱いをするってことをいってるのかな?なんとなく読んでると「現状追認、ただし運用は慎重に」って感じに読めちゃうんだけど、いいのそれで?専門家の意見を聞きたいところだ。

最近、自己肯定の臭いが強すぎやしないかと自己嫌悪。悩んでるときは自己肯定をしたくなるものなのか?それともただ単に調子に乗って舞い上がってるだけか?うちの親ならたぶん「あんたは勝手に調子に乗って舞い上がる子だった」といって終わりだろうな。あたってんだろうな、こっちのほうが。親とはおもしろいもんだ。来週あうんだよな。どこに連れて行こうかな。



4/13

昨日若干深酒をしてしまったため、今日も午後出社。うーん、4月ってすばらしい。

どうもあのビジネスモデルでは弱いような気もするなあ。やっぱり大企業的な発想ってなかなか抜けないものなのだろうか?アイデアはいいと思うんだけど収入源があれではちょいと怖い感じがする。EC系のビジネスでは「アンバンドリング」と「リバンドリング」の組み合わせの妙が肝になると思うんだけど、あれではどっちも中途半端では?という印象を受ける。とはいえ、それを解決するアイデアが僕にあるわけでもないんだけどさ。もうちょっと静観するほうがいいのかなあ。でもああいうのって勢いだったりもするんだろうし。と、ジレンマに陥りつつあります。人生の分岐点に操作性がある場合とない場合の差を考える。とーぜんのことながら結論などでず。はああ、悩むなあ。

レシッグ先生の文章を拾い読み。おもろいおっちゃんだ。「ハスラー」なんて単語が出てくるのも粋な感じだね。本でも読んで気を落ち着けるかな。でも「Internet Bubble」なんて読んじゃうとまた悩みは深まっちゃうんだろうけど(笑)。

ピカ通はすごいことになってるなあ(この手の状況も僕を悩ませる一つの原因ではある)。タイミングよく「ピカ通とビットバレー万歳」(笑)というお題の飲み会のお誘いがくる。ええ、万難を排して参加させていただきますとも(笑)。昨日もその手の話で盛り上がったんだよな。サイバーエージェントの藤田晋社長の自伝の話とか(「敗軍の将、兵を語る」との関係なんてできすぎた話だよな)。そのうち、「母親たちに乾杯」とか「J+ナス+カモを囲む夕べ」とかも企画しましょうか?



4/12

今日もゆっくり出社。名人戦を眺めつつお仕事。佐藤名人は負けたか。先手で負けるとちょいとつらいかもね。なんせ丸山は先手の勝率がなんと93.5%だもんねえ。郵政省、Y2Kで富士通を提訴。へええ。

今日はある意味人生の分岐点になりました。詳しくはまたいずれ。



4/11

今日は第58期名人戦 第一局の日。とーぜんのことながら午前中はそっちを見てから会社へ。丸山後手で、横歩取り中座流8五飛。佐藤名人はこの戦型で丸山に勝ってるし、さてどうなる。

やーね、うちの会社はビジネスモデル特許でひと儲けたくらむそうよ。あれは先進国で唯一「先発明主義」ってやつをかたくなに守ってて、申請された内容を公開もせず、異議申し立ても認めないというアメリカの異常な特許制度が生んだ鬼子なんだぜ。とーぜんのことながらWIPOではしょっちゅう改善を勧告してた。それでもアメリカは自国の利益を守るために改正しないというひどい制度だ。ああいうことをやる国とは団結して徹底して争うべきだと思う。WTOに持っていってもいいんじゃないかな。あの手のフリーライダーは許しちゃいかん。そんな制度の後押しするような商売をやるもんじゃない。良心にもとる。僕はまだまだ「良心的リサーチャー」なのだ。

だいたいアメリカはひどいよな。自国の産業保護を手をかえ品をかえ常にやってる。まあ、ああいった国が飛びぬけて一つだけあるんであればまだ問題は小さいけど、これを中国が真似しだすと大変なことになると思う(だって世界の1/5がそうなっちゃんだよ(笑))。アメリカは中国がそうなる前に、この手のリスクを取り除くためにもある程度普通の国としての軟着陸をしておくべきだと思う。インドまで真似しだすと世界の1/3だ。
 

みんなNGO/NPOが好きなんだなあ。でも「善意」にもチェック機能は必要なの。他人の批判を受け付けない「善意」は「疑似正義」に変化しやすいの。「疑似正義」は「目的」と「手段」を取り違えやすいの。個人の権利というものは、他人に迷惑をかけない限りにおいてのみ不可侵のはず(僕はこれにも反対だけど)。個人の権利(この場合は独善的な善意を振り回すこと)を無制限に認める社会っていうのはそれはそれで怖いのだ。っていってもわかんねーんだろうけどさあ。

いいかね?制度というのは必ず負の面を持つ(これすら否定する人は、その時点でこういった議論に参加する資格はないと思う)。負の面を持つということを認めないまま制度を作ると、たいていその仕組みか社会のどっちかがつぶれる。たしかに完璧な制度などない。ただ、運用上問題が起きないように何とか工夫することはできる。NGO/NPOもしかり。NGO/NPOという制度自体は確かに今まで提供できなかったかゆいところに手が届くサービスを提供できるかもしれない。でも、この制度にも負の面はかならずある。その一つが「善意の暴走」だ。特に「目的」を達成するためには、「『既存の制度(彼らは「悪法」というんだろう)』なんて守らなくたっていい、だって僕/私たちは正しいことをしてるんだもーん」という姿勢につながることが問題なの。あと他人の批判を受け入れない可能性があることも問題なの。これは、事実がどうだって話じゃなくて、制度が(まず確実に)持つ負の面なの。

この負の面を多少なりとも事前に緩和するような制度設計が必要だと僕は思う。その一つがアカウンタビリティやチェック機能をビルトインしておくことだ。「善意」が「善意」のままで回っているうちは確かにこんな仕組みはいらないだろう。でも、そうじゃない団体が出てきたらどうする(僕は既に出てきていると思っている)?「善意」が暴走しだしたらどうする?こないだのシアトルのように。だから事前に負の面を緩和しようといっているんだ。それすら受け入れられないというのは単なる傲慢だ。

こういう学生を見たらどう思うだろうか?

「確かにあいつは勉強していなかったからかもしれないけど、あいつ以外のおれたち全員は、この講義の内容を完璧に理解して覚えている。
(ついでにいうと、できなかった「あいつ」の存在すら否定するバカもなかにはいるだろう。「あれはたまたま体調が悪かったんだ」とか、「問題が悪い」とか(笑))
絶対に間違えない!完璧だ!テストなんかするんじゃねえ!俺たちのいうことが信じられないのか、てめーは!?
あいつ一人できなかったせいで、おれたち全員を疑うのか?教官の癖に自分の学生の能力を疑うのか?」
これって単なる傲慢でしょ。でも、NGO/NPOの活動をチェックする機能なんて必要ないといっている人は、こういうことをいってる学生と一緒だ。確かに完璧なやつも(中には)いるだろう。でも、そうじゃないやつもいるかもしれない。それらを十把一括りにして無条件に信じろ、同等の評価をしろというのは非現実的だ。たしかに一人の落第生がいたら、その講義の登録学生全員を不合格にするというのは行き過ぎだ。でも、僕とか山形さんがいっているのはそういうことじゃない。

「NGO/NPOと一括りにしているけど、あのなかにも適切じゃないことをやっているやつがいる可能性がある。そういう不届きなやつを排除するための仕組み(ようはチェックする仕組み)を作ったほうがいい」といっているだけだ。

繰り返していうが、こういう仕組みを導入することすら否定するのは「単なる傲慢」だ。自分たちは絶対に間違えないとでも思っているのだろうか?「善意」だけで世の中が回っているんなら苦労はない。「ごめんで済めば警察要らぬ」というのは真実なのだ。・・・っていってもたぶんわかんねーんだろうなあ。「善意」とは怖いものよ。
 

Rink Rink Rink」が消えていた。ああ、そして伝説へ・・・。ついでにいつのまにやら2,000ヒット。思ったより世の中には物好きが多いことよ。アクセス解析ができりゃあもっとおもしろいんだけどな。そのうち考えよ。積読リスト更新は果たせず。まあそのうちに。



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