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2000/3/11-3/20の苦悩



3/20

昨日システムがおちてたせいで二日分まとめて。システムは無事復旧しました。

散髪に行く。毎月恒例の行事だが、これほどあほらしいものもないなあ。ついでに地下鉄サリン事件5周年。あの日ホントはあの電車(丸の内線)に乗ってたかもなんだよなあ。寝坊して事なきを得たけど。今日は粋なお店で北海道尽くし。おいしかったです。

3月もあと一旬。大丈夫なのか?



3/19

ウイルスをインストールするような気分でどきどきしながらOffice2000をインストールしたらやっぱりシステムがいかれる。マウスまで動かなくなるなんてひどい。しかし仕事をやらなきゃいかんのだ。動いてくれ。ちなみに今はSafeモードで書いてます(笑)。

彼女のマンション経営が親にばれて一悶着。しかし「男がいるんじゃないか」という怒り方はいかがなものか。それよりも無担保借金を責めろよ。

「ガキ」も「電波少年」も、「K-1」に取って代わられる。週末の楽しみが・・・



3/18

今日はおいしいものを食べた。しかしCONRAN Shopはなんであそこまでレベルが落ちたんだろうか?不況のせい?

紀伊国屋で本を買う。仕事には関係ないけど、まあそのうちよんどかなきゃねってたぐいの本。積読リストに加えるべきか否か。アマルティア・センって確かにノーベル賞を取ったんだけど、経済学界の評価ってどんな感じなんだろう?あんまり注目されてたような気はしないんだけどなあ。勘違い?



3/17

一山超えて、また超えて。弥生はつらい時期である。梅は咲いたか、桜はまだか。

母親は僕の仕事を「Far East Research Center:略称FERC(日テレの「西暦200X年」)」のようなものだと思っていたらしいことが判明(役どころは稲垣吾郎あたりか)。うーむ、否定したものか、肯定したものか・・・

ま、でも一回は「ファイル2681をメインスクリーンに出してください」って言ってみたいよな。あとあの一般職のおねーちゃん(だよな?それとも「オペレータ」って呼ぶのか?)の制服もいいかも。なんでゴーグルしてんのかは不明だけど。うちの会社の一般職の人は「電磁波防護エプロン」を着用してますけど。あ、「インターネットセクション」はいじめがひどそうだからやです。ちなみにうちの会社では一般の方からの質問メールは受け付けていないのでよろしくね。調べないよ、「お風呂の正しい入り方」とかは。「伊藤家の食卓」じゃないんだから。

そりゃそうと、松原隆一郎「自由の条件」読了。本は分厚いが中身は頭の50ページほどを読めばOK。内容は金子勝「セーフティ・ネットの経済学」に、多少論壇とか社会現象とかの考察を付け足したもの。ただ、公共性の考察は結構おもしろい。「他者危害の原則」、ようは「他人に迷惑さえかけなければなにをやったっていいじゃん。傷つくのも自分だし、自分で選んで傷ついたんだから、よけーな口出ししないでよね」という態度のことを指すんだけど、最近はこの風潮が強い。援助交際なんかは典型例だな。この「他人危害の原則」を前提として置くと、ようは他人と共通する部分はかなり小さくなってしまい、合意に至る結論というのは非常に少ない。だから、なんか決めなきゃいかんことは投票などの制度で持って強制力を持つ合意点を強制的に設定する必要がある、ということになる。

しかし、このシステムは社会の良識(という希有なもの)に乗っかっているだけの非常に楽観的な立場で、それだけでは社会は回らないと著者は言う。うーん、確かに。・・・とここまではいいんだけど、その先がいまひとつ。著者は、実は社会はこのような個々人の意思決定ではなく「制度」とか「規制」とか「慣習」で動く部分も多いよ、っていうんだな。で、このような「基準」を定めるにあたっては「対話」が必要だ、となる。で、この結論をもって最近の「オタク化=排他的小集団化」に警鐘をならす。しかし、これは息の長い話にならざるをえない。では今からすぐに「対話」を始めることが可能か?無理だよ。共通で語れる言葉すら現在では怪しくなってる。これを構築するだけでもかなりの時間がかかるだろう。インターネットは確かにこのような「対話」を若干は加速するかもしれない。でも、そういう状況になるには、まずはそれぞれの個人が「啓蒙されること/啓蒙すること」が前提条件となる。

そのような役割を担えるだけの人材が今の日本にどれくらいいるだろうか?「専門家への不信」が蔓延しているこの状況で。まずは「反権威主義」を営々と植え付けてきた日本の知識層をそうとっかえしなきゃいかんだろう。その後に、ほんとの知識に対する再評価を行わなきゃいかんだろう。これには長い長い時間がかかると思う。本当にやらなければ行けないのだろうか?と僕は思う。もっと手っ取り早い方法を模索するほうが今の日本では必要になってるんじゃないだろうか、と。僕は「知的階級差別」がその一つの道ではないかと思っている。まあ、これはまた別の機会に。

さて、それ以外のこの本の本編の部分(論評とかエッセイとか)は特におもしろいわけでもなし、かといってつまらないわけでもなし。電車の中で読むのにちょうどいいくらい(でもちょっと重いけど)。ちょいとお堅い「爆笑問題の日本言論」って感じ。でも松原先生、最近ちょっとネタ荒れてない?((c)爆笑問題)

ついにトイレにもデイヴィッド・ドイッチュ「世界の究極理論は存在するか」を持ち込むようになったため、ウィリアム・ボガード「監視ゲーム プライヴァシーの終焉」は積読リストに逆戻り。よしよし、いい子にして待ってろよ。4月になったらな・・・(こればっかりだ)。そういや、僕は徐々に「実存主義者」になりつつあるので、そのうち高いところから飛び降りると言い出すでしょう。その時は誰か止めてね。



3/16

今日は津へ。といっても自治体ではなく工場を見に行ったのだ。のどかな工場でした。しかし、そんなのどかじゃいかんぞ、君ら。

近鉄に乗ってると長良川河口堰が見える。なんであんな変なデザインが必要なんだろう?なんかまるで「ここには河口堰があります!」って大声で行っているような感じの異物。僕はあの奇抜な(というか変な)デザインを見て、なぜ建設省があんなにまで可動式河口堰を作るのにこだわったのかがちょっと分かったような気がした。ようは、あれって「科学技術に対するファンタジー」の現れなんじゃなかろうか?昔、未来都市の絵ってみんな、変なわっかみたいのがビルのてっぺんについてたり、なぜかすべてのモノが流線型だったり、チューブを車が走ってみたり、パステルだったり(笑)って感じだったでしょ。それって、純粋に科学に対するファンタジーがさせたものだと思うんですよ。当時はまだまだ科学って人類の生活を豊かにしてくれるという印象のほうが強かった時代だったんだろうな。

ところが最近じゃあ「科学技術」って環境とか人間性とかと対峙するような存在だって感じの印象が強い(別に僕はそんなふうにはあんまり思ってないけど)。だからかどうかは定かではないけど、最近は「科学技術」をイメージさせるものは極力排除もしくは隠蔽しようとしている感じがする。木目調パソコンとか(笑)。インテリジェント・ビルにしても、昔みたいなハイテクばりばりの印象はないしね。

ところが長良川河口堰ってすごいんだな、これが。なんか変な雰囲気を醸し出してるの。「これが科学技術の粋だあああああ!」ってかんじの(デザインだけは)。僕らにとってはあれって別にただの可動式の水門じゃん?と思うんだけど、作ってる彼らにとってはあれって一種の「科学技術」に対するファンタジーの体現なんじゃなかろうか?150年に一回規模の洪水にも耐えられるなんていうのは別にあとづけで、ほんとはただ単に設計者が自分の思い描く科学技術のファンタジーを作ってみたかっただけなんじゃないだろうか?ただ不幸にも、ものすごく制約された条件の中で。だとすると、建設省の理不尽な抵抗も何となく分かるような気がするんだ。いや、理由を聞かれても困るんだけど、なんとなく僕が思うに、たぶん彼らってほんとにただ単に作りたかっただけなんじゃない?それはそれで分かるような気はする(ああ僕は理解してるだけで認めちゃいないよ)。

しかし、環境問題のど真ん中にあんな「科学技術」っぽいもの作るなんてのはさすが建設省。センス最悪。

デイヴィッド・ドイッチュ「世界の究極理論は存在するか」を新幹線の中で読む。いやあ、この本って思っても見ないところに地雷が埋まってるから結構笑いをこらえるのに必死。やっぱり人前で読むもんじゃないなあ。そういや僕はどうやら「単なる帰納主義者」だったみたいです(ポパーも読んだんだけどなあ・・・理解できてなかったんだなあ・・・)。あ、でもたぶん来週くらいには「・単なる帰納主義者」になれると思います。現在今まで自分のよって立っていたところが揺れている最中です。早晩崩れると思います。そういうわけで、いまのところ山形さんよりも先にこの本を読み終わる可能性があります。乞うご期待。



3/15

昨日遅かったせいもあってたまらなく眠い。とはいえ、今日で一つの山を越すのだ。今日を過ぎればちょっと楽になる。しかし、延々と資料を作る作業ってのも疲れる。

ちょいと彼女と、もしいまから2年間(修士課程)まじめに学問をするのであればどこがいいかと議論。結局、「日本にあって、学生の質が高くて、インフラが整ってて、やっぱり都心には近い」という条件を満たすところに行くべきだという結論に到達。なんだやっぱり東大しかないじゃん。以下それぞれの理由を説明すると・・・

  1. 日本にある

  2. 高度な話をもしする必要があるのであれば、やはり言語の障害はないほうが吸収は絶対に早い。特に2年しかないのであれば言語の習得にかけてる時間はない
  3. 学生の質が高い

  4. 低いところで一番になったところでしょうがない。「鶏口になるも、牛後になるなかれ」の逆。大学って議論のパートナーがいないとつらいでしょ。先生としか議論ができないのではつらい
  5. インフラが整ってる

  6. まず、雑誌・論文の数がそろってないとね。ついでに検索システムとかもきちんとしてないとさあ。あと総合大学ってことも重要だよね。
  7. 都心に近い

  8. なんだかんだいってもやっぱり情報は東京に集まってしまうのだ。研究会とかもやっぱり都心で開かれることが多いし、いくらネットが発達したところでやっぱり都市の知識集積効果はばかにできんのだ
なんて条件を考えてると結局東大しか思い付かないんだよなあ。それに今住んでるところからも近いし。兄貴もいるし(笑)。

杞憂ではないんだろうな、多分。仮にアルビン・トフラーの言葉を信じるとすれば(うう、清水の舞台から飛び降りるよりも勇気のいる前提だ)、これからは「軍事」ではなく「情報」が力を持つんだっけ(忘れちまったよ)?とすると、次世代の大量殺戮はおそらく情報を媒介にして起きるんだろうね。さらに今度は「バイオ」の時代でしょ?そうなりゃ、多分バイオでも大量殺戮が起きるんだろうな。いや、まあしょうがないけどさ。心配してもしょうがないし。どうせ死ぬんならまとめて死ぬ一員のほうがいいなあ。変に生き延びたりするとやでしょ?Mad Maxとか北斗の拳の世界ってやっぱりやだよなあ(笑)。← しかし例が古いな・・・

ウィリアム・ボガード「監視ゲーム プライヴァシーの終焉」をはいったんお休み(というか、やはりトイレに置きっぱなし)にして、デイヴィッド・ドイッチュ「世界の究極理論は存在するか」を重点的に読むことにする。僕が「隠れ帰納主義者」かどうかは今週末くらいにはわかるでしょう。とりあえず第1章の「実証主義」のコメントですでに大うけ。電車の中とかで読まなくてよかった。しかし、会社の席でばかうけしてるのもあまり誉められたもんじゃないよな。おお、読んでいる矢先に「量子コンピュータ一歩前進」とのニュース。むむ、シンクロニシティ?

今日は資料をえぐりこむように作成し、ぶちまけるように送付し、むさぼるように寝る。はー、一息ついた。



3/14

白い日ですね。

まじめに経済学をやっている学生さんを見て非常にうらやましくなる。ううん、大学に戻りたいなあ。あ、でももし戻るにしても会社の金で値の張る教科書買ってからにしよ。

今月の「経済セミナー 4月号」の「経済学はこんなにおもしろい!」の特集はどうにかならんか。一番悪い経済学の紹介の仕方にしか見えんぞ。「結婚・恋愛も経済取引!?」とか、「『経済実験』で人間社会を考える」とかの内容はどう見ても経済学のトンデモにしか見えない。もうちょっと謙虚に、というかアカデミックに議論しないとこれから先、経済学の重要性ってますます軽んじられるようになっちゃうんじゃないか。わかりやすくあろうという態度にも一理あることは当然認める。特にこれは経済学を志す学生向けの新年度特集という性格もあるから、そのへんも加味して判断しなきゃいかんとも思う。

、経済学は現段階では人間の行動を統一的に記述できるほど発達してはいないし、さらに心理面にまで言及できるほどの証拠もあつまっちゃあいない。そういう中で、非常に単純なモデルで世界が説明できるといったような幻想を抱かせる態度は百害あって一理なしではないか?モデルはモデル、現実は現実。この両者の間の検証可能性をもっと突っ込まないと現実社会へのモデル(経済学の至高の一滴、「秋晴れの空のように・・・」ってこれは『甘辛しゃん』だ(笑))の適用という夢は果たせないと思う。というわけでがんばってね、悟さん(びびらせてしまったようだが・・・ 3/14)。

「コンサルって私の天職だと思うんですよ!」などとのたまうインターンに出会う。では、今すぐ学校をやめて独立コンサルタントになればよろしい。「一を知って百を言う」という態度がコンサル向きであると考えているのなら大間違いだ。あと「自分は頭がいいから」と思ってる人も大間違い。ワインバーグを熟読すること(よんでねーだろーなあ)。自分を助けられないのに、他人を助けるお手伝いをするというのは難しいのだ。と思ったら今日でこのインターンの子は辞めるらしい。理由は「この会社でインターンやってもスキルが身につかないから」。でた!「すきるわあかあ」だ(笑)!

こんな学生ばっかり入ってくるようじゃうちの会社もだめかもな。僕は学生の就職人気ランキングで上位にきた業界は落ち目の業界であるという経験則を持っているので、ぼちぼちそのモードに入ってきたらしいと思っている。いや、べつに採用人数の多いソニーとかNTTが上位にくるのは当たり前なんだよ。そうでもない規模や業績の会社(うちみたいなね)が人気というのは問題があると思っているのだ。

そりゃそうと積読リスト更新(3/14)。

チャールズ・I・ジョーンズ「経済成長理論入門」読了。いい本。とりあえず経済成長理論を勉強するための最初の取っ掛かりとしてはおそらく一番筋がいいんじゃないだろうか?ほかにも読了はあるけど(以前の積読リストと突き合わせればわかる)、仕事本だったり、特に感想がなかったり。はやいとこウィリアム・ボガード「監視ゲーム プライヴァシーの終焉」を読み終わらなければ。僕も早いとこ「隠れ帰納主義者」かどうか確認したいのだ。トイレにもっと頻繁に行く必要があるかも。


3/13

眠い。しかし今週が山場だ。がんばらねば。

ちょいとJ・メイナード・スミス「進化とゲーム理論」の頭だけを読む。やっぱりモデルと現実社会の関係は明確にしなきゃいかんな。その意味では実験経済学ももっと積極的に評価したほうがいいのかもしれない。香港あたりでは盛り上がってるみたいだし。ただ僕はどっちかといえばそういう哲学的議論よりは、現実社会に近い問題を考えてるほうがいいかなあ。ただ、モデルの前提として使っている考え方なんかはきちんとおさえとかなきゃなって意味では知っとくべきなんだろうな。ふうむ、ちょいと反省。

さて、「渋い谷」のあんとれぷれぬうるな人々はもうちっと自分たちの頭で冷静に物事を見つめ直したほうがいいと思う。それと同時にベンチャーファンドの人も。「何を知っているかではなく、誰を知っているかが重要」っていうような都合のいい言葉に騙されるようじゃだめだと思うな。ついでに今週号のSPA!も読んどいたほうがいいよ。これもとーぜんよけーなお世話だろうけど。

ついでにベンチャー振興を大声を上げてやってきた人たち(通産省とか都道府県の産業振興課とか財界の人たちとか)はこれから先出てくると思われる「株価操作疑惑」や、「粉飾決算による株価暴落・経営破綻」、「だまされて(あくまで騙されたという前提条件付きだよ)Mothersに投資した人の保護」なんかの責任は誰が取るかを今のうちに決めて公表しておいてほしい。問題が起こってからあーだこーだ言ってほしくないんだ。バブルで学んだでしょ。あと、ベンチャー基金もってる会社の株主の人は、そのうち破綻するベンチャー基金が出てくるから、その際は株主代表訴訟を起こせるかどうか今のうちに確認しといたほうがいいと思う。とにかく今はベンチャーバブルが相当ひどい状況にきてるんだってことをみんな知っておいたほうがいいと思うよ。

どれくらいひどいかというと、とにかく破綻した際の処理スキームがまったくできてない(つぶせばいいと思ってる)、投資側にリスク判定能力がない(投資すりゃ必ず伸びると思ってる)、それ以前に投資される側に正確な情報開示をやる能力もする気もない(IRなんて言ってるけど内情はひどい)というくらいひどい状況。昔はまだそれなりにリスクが高かったから、参入する企業もある程度選別されてたんだけど、いまや誰でも(本当にだれでも)起業できる状況になってる。だって100くらいあるベンチャーファンドの全部にとにかく事業計画書を送ったら多分4,5社は乗り気になると思うぜ。

本来なら、ここで選別過程があるはずなんだけど、実は日本にはこの手の事業性・将来性判定能力はそんなに蓄積されてない。ただでさえ、少ないリスク判定能力はもういっぱいいっぱいで、まともなところ以外の流行で作った投資ファンドは(これが大半を占めるんだけど)もうただやみくもに金を突っ込んでるだけ。だって、ベンチャーファンドからの資本金を事業投資には回さずに、オフィスの家具(これがまた豪華なやつなんだ、マホガニーとか(笑))を買ったりして食いつぶしちゃうバカすらいるんだよ。破綻しないほうがおかしいくらい。

これをみて何か思い出さない?そう、バブルのときの土地投機とか、美術品投機だよねえ。プラスそれを仲介してた不動産屋とかのバブル成り金たちだ。みんな必ずあがると信じてたってところは驚くほどそっくりだよ。ただ、土地とかと違ってベンチャーってつぶれるときは早いからねえ。ファンドが空っぽになってから多分気づくんだろうと思うけど。まあでも不良資産として塩漬けになるわけじゃないからまだ罪が軽いかなあ。

なかなか読み終わらない(トイレの中でしか読んでないから)ウィリアム・ボガード「監視ゲーム プライヴァシーの終焉」はいい本だけど、ちょっとまどろっこしい本だ。「わからん、わからん」といってないでそろそろ本題のほうを進めてほしいんだが(笑)。



3/12

今日は会社でお仕事。とはいえ、資料をたくさん見てはてきとーに書き移すっていう非常に非生産的ではあるが効率的な作業をこなす。今日一日でA4 30ページ分もうつしちゃった。ははは。指がつかれた。

経済学についてもうちょっと。詳しくはこっちを見てくれたほうがいいかな。ここでは結論部分だけ。僕の考えでは、経済学は「効用」という仮定を用いることによって社会を分析する道具を手にしたが、その「効用」自体の仮定は偏ったものであるという可能性が非常に高いので、一般的な社会的問題を解決する際に経済学的な手法を適用できると考えるのは盲信であり危険だ。ついでに言っておくと、効用という概念は序数的であると一般に仮定して利用するんだけど、この「序数的」というのは結構な曲者で、ある人の中ではその序数的関係は整合的であったとしても、他人の序数的関係とは比較できない。つまり、宇多田ヒカルが好きな人と、ビートルズが好きな人の間で、どちらがより対象を好きかを決定することはできないのでござる。

さらにいうと、ある人の中で効用の序数関係が整合的というのは、ビートルズのCDを買うことと、マックでハンバーガーを食べることと、子供を中絶することの効用が常に一意に序数関係的に定まるという仮定を置いているってこと(そんなの決められるわけないじゃん、という当然の反論が聞こえてくるなあ)。

この辺の考え方を知らずに一般の社会問題に経済学モデルを拡張するとひどいことになってしまう。で、経済学者はこの辺の考え方を注意深く使っているかといえば、そうでもないことが多い。また、これも私見だけど、経済学では「効用」を「貨幣的価値」に単純に置換える傾向もある。だからよく「経済学者は全てを金勘定ではかりやがって、血も涙もないとんでもねーやろうだ」といわれるんだろうなあ。

ただし、ゲーム理論なんかでは序数的関係よりはもう一歩踏み込んで、基数的関係を仮定していることが多いです。しかしこれも仮定なので盲信しないようにしなきゃね。



3/11

今日は特に何をするでもなくだらだらと。吉池の2Fはすごいことになっている。御徒町にお立ち寄りの際は是非。

「黒木掲示板」もいつのまにかすごいことになってるなあ。ついていけるだろうか。でも、みんなやっぱり経済学のことって知らないんだな。なんか生物学の進化に対する態度に近いものを感じる。進化の結果って別に必然でもなんでもないし、それが最善の結果だったかどうかなんてのも、進化では全く問題にしてないのだ。ただ、ダーウィンの進化論がいまだに通用してると思ってる人は、この辺のことが分かってないことが多い。だから「進化に任せておけば、適者生存の選別過程が働くから世の中は最適になるのだ!」とかって話をしちゃうんだよね。今の進化論の論調はどっちかといえば、遺伝子の突然変異による部分しか対象にしてなくて、突然変異の蓄積による形態の変化(これもかなり曖昧な言い方だな)がどのような意味を持つかってところは扱わない(「形態学」のほうはこれを問題にしてるけど)。もうちっと詳しくは彼女に聞いてみることとしよう。

それと同じで、経済学では完全合理性とか市場の機能なんてのは、基本的には単なる仮定だとして話をすすめて(その方が楽だからね)、次第に現実世界に近づけるためにモデルの条件を緩和していくというスタイルをとる。で、基本的にそのような完全な市場や完全な消費者(「ホモ・エコノミクス」ね)っていうのは、議論のための仮定にすぎない。モデルで分析してるのは、こういった背景としての仮定の正しさじゃなくて、金利がどのように影響を与えるかとかって部分。だからいくらそういったモデルをつっついても、「人は合理的か?」とか「市場に任せれば全てうまくいくか?」なんて疑問に答えようとしてるのではないので勘違いしないでね。確かに規制は是か非かといったような論点は存在するから、その場合は市場の効率性絶対論を展開しているように見えちゃうことはあるんだけど、あくまで「市場は効率的と仮定した」という態度は捨ててないので気をつけてね。

だから、経済学のモデルで思い描く世界というのは、ある意味物理で言う「真空で摩擦のない世界」といっしょなの。これが現実世界と一緒だなんて誰も信じているわけじゃないよ(いや、中にはこういうことを口走っちゃう人もいるから混乱しちゃうんだけど)。ちなみに、もっと現実に近い経済分析では経済合理性の仮定を制限してるし、最近はゲーム理論という戦略的行動を説明してくれる道具を使って、現実世界を上手く説明するためのモデル作りが主体。経済の完全合理性を頭から信じてる経済学者なんていないです。こういった仮定を使えば、分析を簡単にしてくれるし手軽にもなるという方便です。誤解のなきよう。

ただまあ、実験経済学なんて分野があって、これは、経済学の仮定を実証的に批判するという動きです。たとえば、「リスク中立」なひとってホントにいるのか?とか、オークションのモデルを実際に被験者を設定・実験して分析したりして、市場があったとしても最適な資源配分は達成されないんじゃないか?とか、本当に「効用」って「逓減」するのかなんてことを考えている人たちです。ようは、「完全に真空で摩擦のない世界なんて、宇宙中どこを探したってないんだ!」ということをまじめに実証しようとしてるってこと。ただ、言ってみればこれは当たり前(と僕は思う)なので、もうちょっとすれば下火になるんじゃないかなと僕は勝手に思ってるんだけど。



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