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2000/2/11-2/20の苦悩



2/20

日永一日家でだらだらする。外は寒いし、なんかだるいっすね。TVを見てるといろいろと考えることがあるんだが、あまりに多すぎて書くのも面倒。和風な一日でした。

仕事の関係で市民運動を見てきた彼女がぷりぷり怒って帰ってくる。「何が言いたいのかぜんぜんわからん」「関係のない話ばかりだ」etc.NGO/NPOはこれだからやです。ネオ・ラッダイト運動を展開してどうする。そんなことよりももっと健全な監視機能を磨かないと、君ら存在意義すら疑われるようになると思うぞ。余計なお世話かもしれんが。



2/19

粋なお店で楽しいお酒を飲む。



2/18

今日は出社。周りの人たちに「久しぶり」といわれる。昼に八重洲ブックセンターにいって仕事関係の本を物色。アメリカの労働政策がきちんとまとめられてる本って意外とないんだな。しょうがないのでwwwで検索。最初っからこうすればいいのにとも思うが、たまには本屋にいく必要もあるしね。

さて、たまには積読リストでも更新しますか。今回からは仕事関係の本は「通常」、プライベートは「太字」にしてみることとする。めんどくさくなったらやめます。

おお、結構減ったなあ。読む気のない本は削除したりしてるけど。これ以外にもあんまり真剣には読まない仕事関係の本はまだまだあるのだ。かくのもめんどくさいので掲載せず。なかには「90分でわかるアメリカ経済の読み方」なんつー本もある(はずかちー)。しかしこれは、90分でアメリカ経済がわかるのか?それともその読み方がわかるようになるだけなのか?このタイトルだけからではどちらかわからん。変な本。

今日は雑誌の発売日とも重なったのね。「サイゾー 3月号」「経済セミナー 3月号」がきた。「サイゾー」はいい雑誌なんだけどねー、どうも最近はちっと変な方向にいってる感じがするなあ。でもMTCIを取り上げているあたりはなかなか。ってこれってかなりやばいんじゃないの?もう一方の「経済セミナー」は、これはもうやめるにやめられない雑誌のひとつだよねー。別に編集方針があるわけでもなく、ただ最近の経済(学)の動向を地味に説明してくれるから読まないわけにはいかない。しかも執筆陣はかなり優秀だし。最近は僕が学生のときの修士・博士だった人が執筆陣に加わり出してて、それもまた読む楽しみの一つ。で、意外と仕事にも役に立ってくれちゃったりなんかしちゃったりして。とりあえず読んどく雑誌。



2/17

まだちっと体がだるい。というわけで二連休。いいのか?大丈夫か?

昨日は一歩も外へ出ず。今日はクリーニング屋にいって、ついでにコンビニで「TV Bros」を買ってきた。とはいえ、5分もかからないんだけど。うちでとってる新聞は「日経産業新聞」などというまったく色気のない新聞で、とーぜんようにTV欄はなし。だもんでこういうTV雑誌を買うわけなんだけど、学生の時は新聞自体をとっていなかったし、お金もなかったので一番安い「Bros」を買っていたのだ。でもこれって読むと結構面白いんだよね。「Bros」ってやっぱり同人誌だよなあ。これを読んでる人とは仲良くなりやすい。うちの彼女も学生時代は「Bros」派だったそうです。

さて、おうちに一日いると本でも読むかという気になるかといえば、そうでもない。意外と本を読む気力っておきない。佐藤康光「康光流四間飛車破り」なんつー本をだらだらと眺めてたりする。なんとこれは佐藤康光名人のサイン入りだ!いや、だからどうだって話じゃないんだけど。わかる人はうらやましがってくれるだろう。

とはいえやっぱりちょっとくらいは読書でもするかということで、ずいぶん前に買ったまま途中までしか読んでいなかったジョージ・リッツア「マクドナルド化する社会」を読む。マクドナルドに代表されるファスト・フードシステムに潜む徹底した合理化・均質化がもたらす人間性の喪失への警鐘、というのがこの本のメッセージだろうと思う。便利になるということは、昔ながらの人間性を代償として支払っているんだということをいろんな例を引き合いに出して証明していく。

僕はこういった本って読むのは好きなんだけど、読み終わった後はたいてい「だからどーした」って思う。だって、こういった社会の動きを回避することは結局できないじゃん、と思っちゃうから。やっぱり便利さには勝てないし、便利さを否定することができるのは裕福な層でしかないのだ。市井の民はこれらの利便性を受けることで生活水準を確実に上昇させているんだし、これを否定することは、既に便利で快適な生活を手に入れたゆーふくな人たちのエゴでしかない。発展途上国の自然環境や労働環境などに口出しをしたがるNGO/NPOにむかつくのも、自分達は快適で裕福な生活を享受しておきながら他人にはそれを我慢しろというこのたぐいのエゴを感じちゃうからだ。

環境問題は確かに重要なイシューだとは思う。僕だって愛知万博や吉野川河口堰なんて話はあほだなあと思う。でも、マングロープ林を伐採してそこにえびの養殖場を作ろうって計画に反対する権利は、先進国とその先進国の住人にはない。えびを必要としていないのは、ほかにも蛋白質を摂取する手段が保証されているからで、それしか現金収入を得る手段がない(つまりそれでしか食っていけない)人たちにとっては、そんな高尚なお説教はなんの腹の足しにもならない。「同情するなら金をくれ」なのだ。

だから発展途上国の人たちも今の先進国がやってしまった環境破壊と同じレベルまでいくだろうし、そこまでやる権利を(現時点の国際法制度上)彼らは持っている。それが民主主義の限界といえばそれまでだし、感情論でどうこう言ったところで解決にはならない。これから先必要とされるのは、市場価値がつけにくい「真の公共財」を保護するための先進国と発展途上国間での所得再配分システムだ。「二酸化炭素税」なんてのもこの一つの試みだし、他にもいろいろ考えられると思う。

「肥満税」とか「残飯税」なんてのも有効だと思う。つまり、標準体重を越えている人はその分だけ税金を払うのだ。残飯も同様に、出した分だけ余分にお金を払わなきゃいけない。で、この財源はすべて無条件に発展途上国の人々に分配されるのだ。発展途上国の生活水準を上昇させつつ、同時に現在の環境・エネルギー問題を解決するには、先進国に必要以上のエネルギー摂取を控えさせることが必要だ。

ただ、これは先進国の(好きなだけモノを食べたいとか、エネルギーを浪費したいとかの)私権/欲望を制限することになる。これを受け入れることが可能か?「エコ」な人は胸に手を当てて考えて欲しい。そこまで本気でできるかと。もしかしたらインターネットなんかも余分なエネルギー消費かもしれない。

僕たちは発展途上国の人にこう聞かれたらどう反論するんだろう?

「我々はそんなものを使わなくても生きていける。なぜあなたたちはそういった無駄なエネルギーを消費しないと生きていけないというのか?その無駄なエネルギーを使用する権利はどこにあるのか?なぜ、飛行機に乗って莫大なエネルギーを消費してまで我々の国に来て、何の腹の足しにもならないお説教を延々と垂れて帰っていくのか?」と。
僕は反論できない。


2/16

やはり風邪だった。熱&鼻水でダウン。今日は会社を休んで静養。つーことで打ち合わせを一個ぶっち。とーぜん怒られたが、しったことかよ。僕は規制緩和のお話などやりたくないのだ。

ベッドで横になって、フジの「2時のホント」(←おすぎが暴走してる番組だ)なんつーワイドショーを見ていたら、BIEの愛知万博をなぜか取上げていた。今日、愛知県知事と通産省大臣が今後の対応を相談してるらしい。どうなるんだろう?止めたほうがいいと思うなあ。さてその「暴走」おすぎ。鍋の話題の時に「おかまの鍋」という爆弾発言。「具は?」という質問には、「いろいろ♪」と嬉しそうに応えていた。いけいけ、おすぎ。

山本直樹「ビリーバーズII」eShoppingで購入。本を最寄りのセブンイレブンで受け取れると聞いて試してみた。システムはまだまだこなれてない感じがするけど、便利ではあるな。特にクレジットカードに頼っていないところがいい感じ。さて、ビリーバーズのほうは、さすがのストーリー展開。山本直樹ってやっぱり好きだなあ。

明日は会社にいこうかなあ。もう一日くらい休みたいなあ。悩むなあ。



2/15

いつのまにかカウンタが「100」を越えてました。だれが読んでるんだろう?僕は最低一日2回はアクセスするので(一回はファイルのアップロード、もう一回はアップロードの結果の確認)、それをさっぴいても30回は誰か別の人が読んでるんだよなあ。ま、そのうち半分は僕の彼女だろうけど。それ以外の15回ってだれだ?

今日は大阪へ。大阪は結構な回数いってるんだけど、どうも地理を今一つ(何一つ?)おぼえられない。というわけで、地図を買いました。これで大阪の地理を覚えることにします。

大阪では、ちょっと困った会社なんだけど、会う人会う人いい人という、きついことを言うのが仕事のコンサルティングにとっては、非常にやりづらい会社の最終報告会をやってきた。とはいえ報告するのは僕一人じゃなくて先輩といっしょなんだけど。この会社はすぐに目に付くいろんな問題があるので、こっちとしては問題分析や課題分析は非常にやりやすい。なんせ、だいたい何を言っても当たるんだから。「ふーん」なんていって大きくうなずかれたりすると、逆にこっちが恐縮することも多い。でも、きついことを言えないんだよねえ。みんなまじめだし、それなりに考えてたりするから。そういう意味でやりづらい。

まあでもいい会社だよな、役員以外。で、今日は先方の社長のおごりで中華料理をいただく。しかしやはり僕の体質と紹興酒はあわない。頭痛くなっちゃうんだよね。ビールの方がいいなあ。新幹線も雪で遅れるし。東京に着いたのは日付も変わった午前様でした。

さて、恒例の新幹線車内読書で、三輪芳朗「規制緩和は悪夢ですか」読了。いい本なんだけど、かなり冗長。言いたいことは非常によくわかるし、こういう仕打ちを仮に受けたとすると多分僕もおんなじようにいろんなところで反論したくなる気持ちになると思うんだけど、それを著作という形でまとめるのはいかがなものか。それぞれの文章はコラムだったり、投稿だったりするので、それぞれの章を単独に読むのはOKなんだけど、一冊の本として読むのはつらい。たしかにこういう書き方をしたほうがより伝わる層もいるとは思うんだけど、僕には冗長すぎる感じがする。おんなじフレーズを繰り返すのはやっぱり逆効果だと思うぞ。

「しょっちゅう出張にいってて、あまりプライベートの時間はないようだが、いつこの日記を書いているのか?」という質問がきた。出張の時は移動時間に決まってんじゃん。もしくは待ち時間とか。ああ、でも普段はだいたいうちに帰ってから書いてます。でもアウトラインは会社で書いてることが多いかな。実際のところ、会社に一日いるほうがこういうのをやる時間ってないんだよね(ってやってるけど)。だって、会社にいると仕事しなきゃっていう強迫観念に駆られてますから(ってフリーセルはしょっちゅうやってるけど)。出張の日って確かに大変ではあるんだけど、実は新幹線の中とか、飛行機の中ってけっこう自由な時間なんだよね。(昼間でも)寝ることができるし、本も読めるし。たまには打ち合わせも新幹線の中でやるし。こういう商売をやってる僕にとってはかなり貴重な時間帯です。

風邪と思っていたのだが、「花粉症では?」という指摘が。そうでないことを祈るという意味も込めて、明日あたりから熱が出ることを期待しています。



2/14

世間はバレンタインデーらしいっす。チョコレートがもともと嫌いな人間なので、負け惜しみと取られるのはいやではあるが、チョコレートなんぞいりません。

さて、今朝7時に実家を出て、実家の近くで仕事を済ませた後(そう、今回の帰省費用は会社もちなのだ)、急いで東京へ。某官庁と夕方打合せがあったもので。

帰りの飛行機の中でどうしても携帯電話を鳴らしてみたい衝動にかられる。やんなかったけど。なぜ新幹線や飛行機はあそこまで空気が乾燥しているのであろうか?わざと?

スペースシャトルは肉眼で見えるらしい。しかし、見てどうする?という気もするが。手でも振っとくか、一応。

もう一つ衝撃的な(って、スペースシャトルは衝撃的でもないけど)ニュースが。どうやらi-modeの加入者がniftyの加入者を抜いたらしい。とうとう日本は本格的な携帯端末先進国になった。アメリカなんぞを気にしてちゃいかん。日本は日本の道があるのだ。ついでにDreamcastのネット加入者も100万人を超したらしい。ちまちましたおもちゃみたいな機械とゲームという非常に日本的な産業が元気がいいんだから、日本にもまだまだ未来はある。政府はあまり余計な手出しをせずに、ネットにつなぎやすい環境を整備する方向に進むと日本はすげーおもしろい国になると思うんだけどなあ。だって、あんなに高い接続料金を払ってもi-modeを使う輩がこんなに多い国って日本くらいでしょ。

おもしろいといえばアメリカもやはりおもしろい。完全競争市場を目指したサイトが、あのPaul Milgrom先生を顧問に据えて立ち上がったらしい。でも僕はどっちかといえば否定的。だって、ほとんど完全市場に近い(と思われている)株式・債券市場でもやっぱり情報の非対称性は厳然として存在するし、取り引き主体が法人から個人になったからといって、この傾向は強まりこそすれ弱まるとはおもえんのだ。ま、おもしろい社会実験として眺めていこう。

明日は大阪へ。出張がここまで続くと体調が悪い。風邪かなあ。



2/13

寒い。気候が寒いのではなく田舎の家屋構造のせいで寒い。

小さいころは人並みに幸せになることなんて当たり前だとおもっていたし、自分の周りの人たちも当然当たり前のように幸せになるもんだと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。実家に帰るたびに感じる違和感(というか一種独特の疎外感)の原因はこの勘違いにあったらしい。

僕の親戚や周りの人たちは、なぜか僕が小さいころに感じていたほど幸せではないらしい。家庭内不和など当たり前だし、健康状態が悪い人もいくらでもいる。仕事に失敗した人や、若くして死んだ人もいるし。でも、20年前はちがった。みんな僕の目から見たら幸せそうだったし、実際そうだったんじゃないかとおもえてしょうがない。両親も年をとった。祖父母にいたっては全員が80代後半だ(一人は2年前に死んだけど)。もう若くないんだなと思う。

実家の周辺のあまりの変化に呆然とする。「田舎」の方が、「都会」よりも変化は激しいのかもしれない。そういや、実家の家の中にもPHSの電波が入るようになっていた。前回帰ったときは使えなかったのに。

ずっといっしょにいれば、この緩慢だけど確実に生じる変化に気づいただろうと思う。でも、高校くらいから親元を離れている僕にとっては、一年のうち4,5日しか顔を合わせない人々の、この変化は断片的にしか見えてこない。変化が積み重なっていき、閾値を越えてはじめて自分の認識を改める必要に迫られる。今回はいろんな点でその閾値を越える回だったらしい。じーちゃんはぼけだしてるし、おばちゃん達はこりゃどうしようもなくなってるし、株で大損こいた人もいたし。

人は年を取るし、年を取ることが不幸のはじまりであることも多い。僕の周りは年をとっていく。当然僕も年をとっていく。このあまりに当たり前の事実を今回は思い知らされた。今年は両親が結婚して30年目らしい。ああ、もうそんなに長いのか。僕はまだまだ幸せしか知らない「子供」なのかもしれない。いいことなのか、悪いことなのかはわからないけど。

実家に五木寛之「人生の意味」なんつー本があったのでななめ読み。どーしよーもない年寄りの年寄りによる年寄りのための本。悲観論と諦観の支配する灰色の世界がだらだらと続く最悪の内容。こんなのよんでちゃいかんと親に説教。通じたかどうか。

兄貴のこどもが風邪をこじらせて中耳炎に。現在入院中。そういや実家に森山塔はありませんでした(「極めてかもしだ」とか「はっぱ64」とかはあったけど)。残念。



2/12

今日は棟上げの日。だからどうしたっていう突っ込みはおいといて、もちをまいてきたのだ。さて、特に書くべきこともない一日だったんだけど、いい天気だったことは書いておこう。すばらしい晴天に恵まれた棟上げであったことよ。 とにかく田舎の人の心の温かさと、それに伴う義務の重さを同時に感じた日であった。

ほんとは書きたいことが色々あるんだけど、今日は書く暇がないのでこれで。で、それはなぜかというと、朝があまりに早いため。もう眠いっす。まだ10時過ぎなのに。では、おやすみなさい。

今日はますますファミリーな一日でした。



2/11

昨日遅くまで飲んでいたため、今日本当はのるはずだった飛行機を逃す。ああああ、寝坊してどうする。やっぱり4時過ぎまでのむもんじゃありませんね。彼女にも怒られるし。寝起きが悪くてすいません。反省してます。

ANAの「ハンバーガ計画」ってほんとうにどうしようもないキャンペーンだな。「若い=ハンバーガー」という恐ろしいコンセプト。いまさら総会屋に利益供与なんてやってたらしいし、古くて変な会社ですね。

今日はファミリーな一日でした。



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