ああ、俺だってつらいんだ
当掲示板は最新webテクノロジーであるcpmp(conditional prompt message protocol)に準拠しています
cpmp:「必ずしも「どなたでも」という訳ではないんですけど、まあともかくも気軽にお書き込み下さい。」
時刻順、 スレッド、 検索、 過去ログ、 リンク集、 ホーム
アパッチすか? ( cgi デバッグは確実に動く(はずの)シンプルな スクリプトから構成しなおすのが良いかと…(老婆心)) この掲示板は URL 書くと見えちゃうのね↓
http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/akubi/
わたくしも、掲示板なるものをつくってみやうと思いたったのであるが、 なぜか、先ほどから、Internal Server Errorなるものになやまされて、 はまっていることであるよ。
かしわぎさんの「頭の上にある水の入った洗面器」が・・・ だめです!それで水炊きなんかしちゃ! (王様のレストランや古畑任三郎を見ていない人にはわからないネタでした)
仕事のうちやけに精気を抜かれる何本かにかたがついて、ちょっと元気を取り戻しました。 さて、何を食べに行くかな(と、最近とんとご無沙汰のほそいさんを牽制)。
以下で健在ですよ。
http://ruitomo.com/~kryoji/bbs/recycle.html
生きてますか…? そしてかしわぎさんは、生きかえりましたか? ゾンビでもいいから…
熱燗が美味しく感じられる季節になりましたねえ・・・。ふう。
柳下氏のサイト、間違えてた。 しかし最近トラヒック減少していますなあ。 かくいうぼくも茶々しか入れられない状態だけど。
これでようやく書斎がきれいになる。 >レイヤにもよる気が>IPv6とW3C ま、そらそうっすね。 せっかくの機会だから、何かおもしろいネタはないかなあ、という勿体ないオバケ的な 色気なんだけど、自分で何も思いつかないということは、ぼく自身もあんまり興味ない (あるいは積極的に逃げようとしている)のかもしれない。 >P.S. ltokyo.com はサーバ移行の手順がなってないだけなので、 >当分 http://old.ltokyo.com のほうが従来のものだとか。 なるほど。ちなみに柳下氏のサイトは以下にミラーされていました。 しかし改めてみてみたんだけど、ltokyoもすっかり遺跡っすね。特殊系アクティビティ が辛うじて残っているあたり、駒場寮的ともいえなくもない。
レイヤにもよる気が>IPv6とW3C IPv6の技術レイヤ的話だったら、 職場で同じフロアの神明さんに いざとなれば聞けばいいかなとか。 W3Cも、興味示しすぎると会社を代表する仕事がふってきかねない(しかも本業と関係ないぞ)ので 後輩にいくように日々努力。 P.S. ltokyo.com はサーバ移行の手順がなってないだけなので、 当分 http://old.ltokyo.com のほうが従来のものだとか。
注文しておいたエレクタがまだ来ないのでお出かけできない。 来ないといえば、出井「全日空機内でステーキを手掴みで食べチーパーや新入CAや社長へ いやがらせ」伸之氏がひたすら叫んでいるブロードバンド、先棒を担ぎたがる連中があまり に多くて疲れるのだが、来ないと思うんだよなぁ。来たとしても利用シーンは限定的つーか。 >そういや今度、欧州某地において、いわゆるウイテマ一派やTBL一派とかいう人たちと >ミーティングする機会に恵まれるかもしれないんですが、何か聞いてきてほしいことって >ありますか? うーむ。誰からも手が挙がらない。みんなIPv6とかW3Cってあんまり興味ないんだろうか。 ところで、ltokyo.comってどうなっちゃったのでしょうか?dabbとdigitiの政治的云々、 はどうでもよいが、サイトが閉鎖されているようにみえる。柳下氏の日記も読めないっす。
強迫観念に取り付かれた物理の学生だけにしか意味がないなんて そんな事は絶対にございませんぞ。全くご謙遜を。 対象になる物事を見る視点(スケールとか時間とか)を変えた時に、 何が違って見えて、何が同じように見えるのかを整理するってことが 「くりこみ」のキモなのだと解釈しましたが(かなり荒っぽい言い方で恐縮ですが)、 それは、どういう風に実現するかは別として、 ほとんどすべての科学にとって興味あることではないかと思います。 あと、立派な仕事をいろいろなさっているらしいということは 知っているのですが、残念なことに(いや、僕が異なる分野の専門教育しか 受けていないことを考えれば、別に残念がるべきことではないけれど。 礼儀としては、やはりこういう言い方をするべきであろうし、 実際それは残念なことではある)僕は、現在、そういった仕事の良い読者には なれないもので…。平にご容赦。
「た」さん(他山の石という言葉が脳をよぎる)、 暖かいご感想をありがとうございます。 (しかし、あの文章は当該物理学者のごく一面を表したものにすぎません。 もっともいい仕事をしたのは、別のところなのじゃ。わはは。) 正直なところ、あの解説が「くりこみ群を知らねば」という強迫観念 にとりつかれている物理の学生以外の読者に意味があるのかどうかずっと 不安だったのですが、それほど悲観すべきでなかったとわかって、嬉しい。 ご質問は、厳しくも的確なので、即答できない。 しばし考えて、答えられそうなら、どこかで答えます。
いきてはいますが、これが「生きている」かどうかは・・・また別の話 (王様のレストラン」の影響)
いきてますか?
このチャンスを逃す手はないと、 田崎さんの文章へのオマージュと質問。
平謝り。
はじめまして >「必ずしも「どなたでも」という訳ではないんですけど・・・にひっかかると思うですけど。 日記楽しみなのです。あたいととーい世界なので。旅に出ようか? サイトのあれ、渋谷よーいちが「終りし道の標にて」初版で持ってるって自慢を・・・
それは機上の人になりがちだから。 >苦悩中です。 書こうよ。 そういや今度、欧州某地において、いわゆるウイテマ一派やTBL一派とかいう人たちと ミーティングする機会に恵まれるかもしれないんですが、何か聞いてきてほしいことって ありますか? ぼくが行くのか(都合つくのか)というのも定かでないんで、まるで期待に応えられない 可能性もあるんですが、もし何かあればどうぞ。まあ最新動向なんて日本でも手に入るだ ろうから、どちらかというと裏事情系かな。あと欧州の政治的な動向とかかしら。
>ところで、日記は今世紀中に再開される見込みはあるのでしょうか? 苦悩中です。
ところで、日記は今世紀中に再開される見込みはあるのでしょうか?
そういえば学生の頃、某教授の「羅漢の長塚京三理論を用いたカミユ『異邦人』読解(ご 本人の名誉のため一部改変)」とゆー集中講座を受けて、あれにはまったくもって幻惑さ れたなあ。いや、羅漢京三解説としては一級品(c 一休さん)だったのですが、「それって カミユとはまったく関係ないじゃん!」とゆー突っ込み@こころのなかがとまらなくて、 もう大変。そのあと邪悪な若造数名で8ミリカメラを持ち出し某ダム湖に直行、「ママン と死にわかれても涙を流さなかった忍者がセクシーくの一と逃避行のうえ主君を吹き矢で 謀殺の後に肉食妻帯の生臭坊主にシャクフクされそうになるがほうほうのていで逃げ出し 巨石で顔を潰して自害」という自主制作映画を撮りました。
いるんだなあ、きょうび三田工業のドラ息子の御託宣をありがたがる文学青年が。直弟子 ならまあ許そう(W大でせんせいやってるしね。師弟関係というのはもともと不合理なも のなのだ)。それにあのドラ息子はけっしてバカではない。小説の(とゆーか「小説家」 の)マーケティングセンスという点ではすぐれた嗅覚を持つ御仁。あたしの教え子のひと りがW大で彼の授業を受けて、その後書いた小説で学内の賞を受賞、W文学誌に載ったら しいから、文章指導もできる人なんだろう。だがなあ、「いいさくひんはうれない」と言 われてもなあ。確かに彼の作品の中でもっとも売れたであろうと思われる「ナニって僕?」 は最悪。その後の売れなかった文章も「泳げないやつが無理してオリンピックに出てへっ こへっこ息継ぎしながら100M泳ぎきりましたよ! これぞ感動ですよ!」的な感動を 呼び起こすものばかり。で、その負け犬の御託宣をひっさげて、「雑誌界の死の商人」屍 侮屋妖市さんのところで「文芸やれ!」といわれてもだなあ、こういうナニを放置してお くと「やっぱ文学屋ってダメねえ 2点」ということにもなりかねんし、○○○なあたしと しては「僕ってナニ? ナニって僕?」と無意味なピストン運動をするよりほかないのだ。 それよりなにより最悪なのが、「CUT、SIGHTの書評サイコー! これさえあればまだる っこしい文芸評論なんていらない!」(まあ確かに文芸評論の大半はゴミだが)とゆーこ とはあんた熱烈やまがたリスペクタやね? という御仁が「すんません、セリーヌの本っ てどこから出てるんですか?」なんてやる気があれば1分で検索できる質問したりして… これって確信犯なのかなあ。だとしたら極悪だぜ。彼って、両誌の書評(やまがたさんの を含む)のどこを読んでいたのかなあ。それとも書評を読んだだけで「またすこ〜しおり こうになっちゃったもんね〜」(c 小俣雅子)てな気がしているのかなあ。自分でちゃんと 読んで「こんちくしょ〜、あの評論ウソばっかじゃね〜か!! もう誰も信じない!!」 と激怒するような経験を積んでいくことって案外大切だと思うんだけど。ナニって僕?
アタマにきたもんでつい・・・。
http://210.150.169.220/cgi-bin/st/rockbbs.cgi?fname=stbbs
>一方、サービスとしての医療とか、学問としての科学/医学では、今でも、 >おおむねオープンソース的といいきって良いと思う(相互にチェックし合った知識 >や方法を共有して、各自がその知識を利用したサービスでメシを食うという意味で)。 いま日経で連載している岸本忠三@大阪大学学長の「私の履歴書」を読むと、 たしかに「医学」には「オープンソース的」なところもあるようです。そっち 方面の研究室でナニしてる人に聞いても、まあなんというかがんばっておられ るようです。よいかなよいかな。全面肯定。 で、それとは別に「医学」世界は医薬業界の銭ゲバ「下部構造」に支えられて いることも薄目で見ておかないと。そしてそういうものにたいして声高に糾弾 するのではなく(だって通用しないもん)別のやり方で(役に立つのなら仏教 でもなんでもいい)グリグリしていかないとね、と祖父の影響で思うのである。
「福祉国家なき」という条件づけが正当なものかどうかあたしには 判断しかねるのでそこは鈴木かせきさんにお任せするとして、 「社会民主主義」とゆーのはワイルド級の皮肉屋が内部にいないと 機能しないんじゃないかなとそんなことを思ったりもするのです。 政治において、善意に期待するのは禁物でありますゆえ・・・。 う〜ん、「幸福の王子」はいいなあ(まーちんくんファンなのだ)。
http://www.hyuki.com/trans/prince.html
人件費。こいつがくせものなのじゃ。
のようなものをオープンソース運動から夢想したのは僕だけでしょうか? >「Linuxでできたことは、医薬品業界(とそれを取り巻く環境)でも可能か?」 >という問いについて、たかたさんはいかがお考えなのでしょうか? 薬品関連のついては、今は無理だと思うし(当座の予算の大部分は特許料などより 人件費だから)あんまり意味もないと思う。 でも、10年〜20年後なら、可能だと思うし必要だと思う。 一方、サービスとしての医療とか、学問としての科学/医学では、今でも、 おおむねオープンソース的といいきって良いと思う(相互にチェックし合った知識 や方法を共有して、各自がその知識を利用したサービスでメシを食うという意味で)。 で、鈴木さんに「福祉国家なき社会民主主義」というのは可能か論じてほしいな。
別に現行体制が唯一無二のものだ、といっているわけじゃないんです。あたしもあたしの 関連領域の問題についてムカつくことはたくさんあるですよ。ただ、現行体制もまったく 理なくして存立しているわけではないのであり、勝とうと思うなら(当たり前の話ですが、 やるからには勝たなければならないのです)体制の穴を縫う戦略&足元をすくうだけの戦 術が必要。もちろんあたしらは評論家ではないので、定義づけの前に走らなければならな いこともままある。だがしかし、規制や慣習が多く閉鎖性の高い業界において「ええじゃ ないか!」(c今村昌平)と叫んで突入してもあまり勝算はないだろう、と思うのです。 コミュニケーションの様式って業界ごとにかなり違うし、そこんところをうまく分析しな いとなあ、というのがあたしの喫緊の課題なもんで過剰反応してしまったかもしれない。 すまへん。
「Linuxでできたことは、医薬品業界(とそれを取り巻く環境)でも可能か?」 という問いについて、たかたさんはいかがお考えなのでしょうか?
>「特許−保険システム」じゃなくて、 >新しい薬を発明した人に別の形で報いるシステムが作れないかな >という疑問なの。一種の社会民主主義だな。 Linuxって社会民主主義とゆーより 「(コードの存在によって正当なチェック&バランスが機能した)リベラリズム」 なのではないかと思うのだが。 #最近この手の話は化石マニアの鈴木さん日記を読んでまふ。感謝。
http://homepage2.nifty.com/hirokisu/contents4-b.html
ちゃうよ。どじょうどの。 僕がLinuxを見て考え込んでしまったのは (初めて見たときには「おもちゃOS」だとしか思わなかったけど) がんがん特許とって、特許料を製薬会社からしぼって その製薬会社のコストを国営の保険が支払って っていう「特許−保険システム」じゃなくて、 新しい薬を発明した人に別の形で報いるシステムが作れないかなと いう疑問なの。一種の社会民主主義だな。 Linuxでビジネスなんて言う人は多いんだけど、FSF/BSD/Linuxのスタイルっていうのは 民間人が公共インフラ的な情報を作って、それにお金じゃない形で報いる システムとも見れるでしょ。
ども、ネカマの怒嬢です。 たかたさん、 >GNU/Linuxの快進撃を見てからの僕は、トータルで社会のシステムを見直せば >何とかなるのではないかという気もしなくはないと思っています。 ってどういうことなんでしょう? 「トータルで社会のシステムを見直せば」ってそりゃそうだとは思いますが、それ って空恐ろしい人的資源を投入しないとできない「見直し」ではないでしょうか? 個人でやろうとした瞬間、バルザックのごとき苦難を背負い込まなきゃいけなくな りますことよ。 「GNU/Linuxの快進撃」について見るのは「社会のシステムを見直」すうえでとて も有益だとは思います。あたしはGNU/Linux周辺についてはド素人ですが、やまが たさんの翻訳・解説を読んでなるへそ、これは面白いなあ、自分の専門分野に置き 換えるとどゆことになるのであろう、と考えたりもしました。 で、ですね、そういうことを考えるときって「その手法の限界はどのへんにあるの か」を明確に意識しておかないと、なんちゅうかこう「機能」しない結論が導かれ てしまうのですよ。あたしがやまがたさんってすごいなと思うのは彼がその「限界」 について早い段階で意識していたからで、逆になんなんだろこの人はと思うのは GNU/Linuxについては「限界」を理解していたはずの彼が、社会システム全般の話に なると「限界」への目配りがバラバラで一貫しないように思えるからです。 たとえば「医薬村」や「ITお祭り騒ぎ村」の社会システムについて、それぞれに特有 の複雑さをコミュニケーション・レベルまで落とし込んで分析するといった作業が 必要とされるのではないでしょうか? 現状で「わかってる」代議士を立てても、複 雑怪奇なシステムに飲み込まれておわり、にならないかな?
>異常に高い薬って、たいていパテントがらみという印象があってで、 >これからはもっとそう言う傾向は強くなると言う気がします。 でしょうな。お薬が買えなくて、という悲話も増えるような。 >GNU/Linuxの快進撃を見てからの僕は、トータルで社会のシステムを見直せば >何とかなるのではないかという気もしなくはないと思っています。 う〜ん。医・薬の世界の問題って整理するだけでも大変。あたしには分からない ことだらけ。たとえば、なんでふつーのお店でドナーカードを配れるのか、その 感覚があたしには分からない。
異常に高い薬って、たいていパテントがらみという印象があって で、これからはもっとそう言う傾向は強くなると言う気がします。 GNU/Linuxの快進撃を見てからの僕は、トータルで社会のシステムを見直せば 何とかなるのではないかという気もしなくはないと思っています。
よろしいですか。 わが国が諸外国に誇る年金・保険制度が、昨今の低金利あるいは医療をめぐる環境の変化 によって国民のみなさんの不安となっていることは、内閣総理大臣として極めて憂慮いた しておるものであります。神の国の臣民たるみなさんが、保険がなけりゃ命の価値さえ測 れない慎ましい性格をお持ちとのことも重々承知しております。先般の記者懇談における 「俺だってバカじゃない」発言は、そういうことにも目を配れるニセ総裁の政権担当能力 について述べたもので、これはいわば長島巨人の金メダル、もとい、高橋直子選手のセ・ リーグ優勝にも勝る大金星なのであります。私のニセ総裁就任もそれに劣らぬ大金星です がね(鼻高々)。さて、「どじょう」さんよりご指摘いただきました年金・医療保険制度へ の不信感を一掃すべく、Notバカbut内閣総理大臣官邸として新たな政策を立案しました。 名づけて「祈祷保険制度」の設立であります。 日本国民の年金・保険制度への信仰は諸外国に例を見ないものであり、保険制度さえしっ かりしていれば老人はいつまでも老人として長生きできる(体育教育はおろそかにしてお きながら!)という養老の瀧チェーンも真っ青の「常識」がまかりとおっております。し かし、喫緊の課題であるIC振興券を初めとするIC国民運動(な、なんだ? あそこで「蓄 妾! 猿でもわかるレポート書いたんだからもちっとまともに読め!! この○○!!」とここに 書くのも憚られる言葉を連呼しながらバケツの水をひっくり返しているあの男は?)えへ ん、失礼しました。昨今の財政難を鑑みるに、IC革命やゼネコンを潤すための真水はあっ ても医師会を泳がすプールにこれ以上水をいれるわけにはいかないのです(ボキは厚生族 じゃないしね)。そこで長年培われた国民の保険信仰をも視野に入れて考えられたのが「亀 の国」の伝統的知的エリート「神主」による医療である「亀頭」、もとい「祈祷」によっ て近代医療を超克するというアイデアなのであります。祈祷なら薬価の問題もありません。 保険料率も年金会計も関係ありません。時評家の宮崎○哉氏は「『共同体』再編のための 言説戦略としての『仏教』」という立場を取られているようですが、貨幣、もとい○○を 中心とした「亀の国」すなわち多神教的共同体連合の長を辞任する、もとい自任するNot バカbutニセ総裁としてはそんなまわりくどいことをする必要はさらさら感じておりませ ん。だって、日本はもともと「共同体」なのですから。「だって俺、馬鹿じゃない」ので すから。同制度の詳細についてはニセ総裁の私的諮問機関である「俺、馬鹿じゃないんだ って?国民会議」(座長:北尾光司氏)に一任しております。また、どじょうさんの「ハ チ公の首に日本国民の命の基準価額を書いた札をかけて、日時でかけかえる」というご提 案については、さっそく外部シンクタンクに照会し、体育的見地からのメリット・デメリ ットについて報告を受ける予定であります(おいおい、あそこでまた「ふざけるなあああ ああ! これ以上俺様を怒らせる気かああああああ!!!」と叫んでる男、ありゃ誰だい?)。 もりもり食べて、がんがん稽古すれば、ぐんぐん大きくなって、どんどん強くなる。これ こそが真理であります。私の発言の真意については、是非ともこれまでの私の発言も踏ま えて御理解を頂きたいと思う次第でございます。以上です。
>プライスをきちんと決めている場面は結構ある。 >軍隊の作戦決定だったり、医療の意思決定なんかでは、 >暗黙のうちにプライシングしてることのほうが多いと思うっす。 命のプライシングは軍隊よりも一般企業のほうがしっかりやっているし、やる必要性も 高いと思います(営利団体においては圧倒的に金銭にプライオリティが置かれるのに対 し、戦闘集団における命の価値は金銭だけでなく名誉にもウェイトが置かれる。作戦の ために死ぬ、という選択肢は一般企業には存在しないことが前提となる)。 伝統的に軍隊が他の組織に比して優れていたのは、その組織体系づくりにおいてではな いでしょうか。初期の米国経営学における組織論の模範はペンタゴンにあったと聞きま す。その手のことについては記憶力がまるでないので、誰がどのような業績を上げたか は覚えていませんが。
正確というか「使える」プライシングは、まっとうに機能するマーケットを前提としている わけで、とうてい流動性なんかのぞめない市場においてプライシングを行おうとしても、 そんなの恣意的な値付けにしかなりっこないじゃん! というのが山形プライシング理論への あたしの反感。「それならマーケット環境をなんとかすればいい」と彼は言うかもしれないけど マーケット環境の改善ってそう簡単ではない。一気に変ったとしたら、それこそ「革命」だよ。
>だから、どじょうさん、命の価値をいくらか決めるのが悪いことか良いことかってのは、 >すでに山形さんの主張自体とは関係ない。 なるほど。だとすると「彼のプライシング癖は職業病」という理解でよいのですね? >それから、僕のしゃべってる(たぶん、山形さんも言いたかった)命の値段って言う話は >基準価格をハチ公前にぶら下げるなんてことじゃない。 すんません。どじょうだけにスベってしまいました。平謝り。 でもハチ公の首に基準価額を書いた札がぶら下がってるのって、いい眺めだと思うんだよなあ。 何を象徴しているのか、もはや分かりませんけど。むう。
\0、もしくはマイナスにもなりうると思うのです。算定手法さえいじればなんでもできるし。 「命の価値それ自体はいじらない」というお約束があったからこそ、平気な顔で保険料率や 労働力のプライシングができる、という理解が経済学を含む近代思考界の伝統だったのでは? でもってここウン年でその部分をいじる動きが出てきて(「脳死くんと移植ちゃん」とかね)、 あわてていろんな理屈を組み立ててるのだが、どれもうまく機能しているようには見えない。 業を煮やした腕っ節の強い人が「共同体」カードを切っても不思議ではないんだよなあ。うう。
あまり口にしたくないマジックワードのひとつ。その名の元にどれほどの非道が行われてきたか。
は? 現行の刑法でなんとかなる(またはなってる)とでもおっしゃる?
あらあら、「命の値段」が保険制度の下位に属する思想的課題だとは初耳だなあ。 実存主義者もポスト・モダニストもびっくりでしょうよ。あはは。 あたし、保険って信じてないし、常に成り立つ制度でもないと思うから薄目で見てる。 生保契約なんて保険屋さんがヤバくなったら「勝手に変更される」くらいいいかげんな契約なのよ。 そんなもんに手前の大事な命を測られて、そんなもんを根拠に生きる? バカバカしい! 期待しすぎてんのはあたしのほうか。あ〜あ。
値段付けできない(させたくない)場合もあって、刑法なんかの法律はそっちの場合に対応してくれてますし。 と、なんかそれこそ当たり前のことばかり言っていいのかなと思いますが。
山形さんは当たり前のことを当たり前に言う、という離れ技を演じ続けているところに 人気の秘訣があるのだとおもっていました。 命の値段の最低保証(命それ自体に価値がある)は意味があるし、実際に 行われているし、当たり前に理解することができます。 しかし命は値段付けできない、というのは私の当たり前からは遠く離れて いて理解できないのです。そんなことになったら、生命保険も入れないし、 医療過誤訴訟もできないし、医療保険制度も成り立たなくなってしまうように 思えるのですが。
でも、命の値段と医療費の問題って別モノじゃないかい? 接続しようとすること自体、ムリがあるのではないかしら。 「命の値段」問題はスタンドアローンにしちゃダメ?? きびしいのお。 あと、山形さんは役に立とうが立つまいが、充分に人格を尊重されると思う。 「役に立たなきゃ」というのはギャグまたはご本人の思いこみだろう。彼の命の値段まではしらんけど。
うーん。話が泥沼にはまってしまっているので、一応整理しよう。 宮崎さんの主張は、「命はそれ自体として価値があると考えるほうが良い、そう考えると 各人がより幸せに暮らせるようになる」ということと、だから、そう感じることのできる 「『共同体』を復活させよう」という議論だ(あとのページは、その例題みたいなものだ)。 本質的に、仏教は、その議論の援護射撃として登場するだけで、メインテーマじゃない。 で、山形さんの反論ってのは、「命の価値」ってのは、あいまいでわけわかんねぇってこ とと、そういう「共同体」の価値観と個人の価値観は両立しないことが往々にしてあるし 息苦しくってやだってことだ。で、うん。両方の見解は、ともに理解できる。 で、僕が気になるのは、二つあって、一つ目は、山形さんが「仏教」を宮崎さんが持ち出 していることを強調してしまったせいで、山形さんの言いたいことがわかりにくくなって しまっていること。それから、山形さんの「共同体」への不満に必ずしも同調できないと いうこと。後者は書いてる暇がないのでさて置き、前者は、たとえば、「命がそれ自体と して価値がある」という言葉の曖昧さを言うために、「テレビがそれ自体としてうんぬん」 なんてレトリックを持ち出してんだけど、そういう事を言うだけじゃなくて、もっと具体 的な問題に「命が大切」と言う考え方が無力であるってことをきちんと書かないとだめで しょって事を言ってるのだ。そのためには「命の値段がいくらか決まらないと」なんて話 に持っていくのも悪くないってこと。話の流れはそういうこと。 だから、どじょうさん、命の価値をいくらか決めるのが悪いことか良いことかってのは、 すでに山形さんの主張自体とは関係ない。それから、僕のしゃべってる(たぶん、山形さ んも言いたかった)命の値段って言う話は基準価格をハチ公前にぶら下げるなんてことじ ゃない。 たとえば、「終末期医療で本人を苦しめてまで延命措置をするとき、苦しみをどこまで抑 えられるなら、延命措置を行っても良いか?」とか、「自分で治療費を出せないガン患者 を治療するときに政府は何円まで出すべきか?1000万円で治療できるなら、援助するべき か?治療に1億円かかるならその人を見殺しにして良いのか?」って言う議論に結論を出 すための指標として「それ自体として尊重するべき」なんて議論は役に立たないって事を 言ってるのだ。 余談だけど、現在の医療費が急速に高くなって保険を圧迫している理由として、老人が増 えたからってのは、主たる原因じゃない。昔だったら治せなかった病気が技術の進歩で治 せるようになったことが主たる原因なんだ。今なら治療できる病気でも、ちょっと前には ベッドの隣でお祈りしながら死ぬのを待つくらいしかできなかった。そういう病気はいっ ぱいある。当然、治るものなら本人は治して欲しい。それを誰が断れると言うのだ!でも お祈りは無料でできるけど、薬とか手術ってのは、当然、お金がかかるのだ。国は支払い を少なく抑えなくちゃやっていけないし、このままいけば、経営が悪化して多くの病院が 破綻するだろう。それがもっとはっきりしてくれば、早晩、だれを見殺しにして良いのか って言う議論を始める人が出てくるだろうと思う。そういうのはファシズムだ。僕は「命 の値段」のきちんとした議論ってのは、そういう議論が始まる前に誰かがしなくちゃいけ ないと思ってる。
へ〜え、悟りかあ。なるほど、近頃は犬猫でも悟るらしいからねえ。近所のミケも 隣のポチも「この世は無常」だって言ってるもんね。いやはや宮崎さん、あんたは すごいよ。稀代の社会学者、宮台真司をもシャクフクしちまうんだもんね。フリー メイソンもびっくりだろうよ。でもさあ、僕は悟りたくなんてないんだよなあ。だ って僕が悟ったところでこの社会は1ミリたりとも機能しないんだもの。みんなが 悟っちゃったら景気なんて何万年経っても回復しないよ。むしろ、僕らが生臭坊主 のごとく自らの欲求をたぎらせてたほうが、結果的にはうまくいくんじゃないかな? 確かに一部のNPOの動きを見て、僕だって「こいつら、少しは悟ってくれんかなあ」 と思うことはある。でも彼らはすでに「悟っている」んだよね。あはは。悟ったや つほどタチの悪いものはないよ。平気でネカマのふりして他人の言説を勝手にねじ 曲げて悦に入ったりしてさ、そんなヤツは死んでしまえばいいのだけど(中略)ま、 宮崎さんほどの人が「悟りゃなんとかなる」なんて本気で思ってるとは思えないん だよね。だったら、もちっと気の利いた、マシなこと言ってくんないかなあ。
すまぬ。 (誤)「暗黙のうちに」とのが→(正)「暗黙のうちに」というのが あと、性別は股間をまさぐって確認しようとしたのですが、 魚類ゆえ股間がどこだかわからないのです。不詳ということで失礼。
>どじょうさん、そいつはちがうよ。 >プライスをきちんと決めている場面は結構ある もちろん。あたしは吸う価値を認める空気しか吸わない。冗談はさておき、 1.「一命の価値」を明示することは可能か? →ま、「技術的には可能」でしょうなあ。でも明示しちゃ意味ないっす。 2.「一命の価値」を明示すると、社会的にメリットはある? →コストがリターンを喰っちゃうでしょう。まるで意味なし。 3.山形氏がそういう提言をすることでなんかいいことある? →「考えるきっかけをあたえる」程度。自分が大学1〜2年生の頃に読んでたら 「すげえよ! 売れるもんなら売っちゃおうよ!」と感化されてたかも(笑)。 でもいまじゃ「なにいってんの?」モノだわさ。 当然、宮崎氏にとっては織り込み済みの議論でしかないと思う。
あたしの命に値段がつけられるくらいなら、いっそ「\0」にしてくれたほうが気分がいい。 市場価値なんて職場だけで充分。お家にまで持ってかえるだなんて最悪。悪夢だわさ。 「個人の尊厳」ってそういうもんじゃなかったなあ? 愛は? 幸せは? ポン酢は? 本名は東小薗徹。お嬢でどじょう(魚類)。めんどうをさけるためにいちおう。以上。
ほう。保険屋ごときのプライシングに何の意味があると? あの計算が射程にしてるのは加入者=保険を信じている人々だけ。 あたしにゃカンケーないよ。 >軍隊の作戦決定だったり、医療の意思決定なんかでは、 >暗黙のうちにプライシングしてることのほうが多いと思うっす。 「暗黙のうちに」とのが肝だぜ。光明の下に引きずり出すメリットはひとつもない。 たとえばさ、その日の日本国民の命の基準価格がハチ公前にでもぶら下げてあったとして、 そんなもん鼻先に突きつけられてたら軍隊(あ、自衛隊か)を志願する人なんていなくな ると思わない?(徴兵制はそれ以前に成り立たないので問題外)。ほかにも「命の重さ」 という社会に共有された「物語」が機能する局面はいくらでもある。あたしが「やまがた 案は機能しない」というのはそういう観点でのこと。「物語」なんか一切否定するという 立場もあるけど、確かやまがたさんは「灯台一直線」の作者を養護していたわよね? あ れこそ「物語」への帰依の悪例じゃない? やまがたさんってどういう立場でモノ言って んの? どうにもわっかんないのよねえ。 高田さんのやまがた書評理解については同感です。で、実際にはやまがたさんの命も充分 尊重されているじゃん! と思うと「ウソ泣きしとるんじゃないか、この御仁は」とムカ つくのです。賢い人だけに、ね。
僕が、Vice板でしゃべった「山形さんのきらいなところ」は下の投稿とは全く別の話です。 混同なさらないように。
どじょうさん、そいつはちがうよ。 プライスをきちんと決めている場面は結構ある。 軍隊の作戦決定だったり、医療の意思決定なんかでは、 暗黙のうちにプライシングしてることのほうが多いと思うっす。 そうしないと何も決められないっすから。それに、アメ連中みたいに、 市場で民間医療保険がケンカする保険システムにしてしまえば、 医者にかかったときに有無を言わさずお値段測られるっすよ。 で、そういう議論をするのは、良いことと思うね。でも、僕は山形さんのあの文章が そういう議論とは読めないんだよなぁ。なんだか、 「命が大切だって!僕の命なんて誰も大切だと思ってくれないよぉ(泣)。 大体、命が大切って、なに?おしゃかさまがそう言ってるの?そんだけ? ぼくは、おしゃかさまなんて信じてないもんねぇ。そんなカルトを根拠に 僕を苛めるようなことをいったの(逆襲)? やーい。そんないいかげんなことを根拠に議論するようになっちゃ 宮崎もおしまいだな(罵倒)。」 って言う風に読めてしまうの。それじゃあいかんのよ。
近代社会は「人類みな平等、人命は水戸泉(の相撲生命)より重い」としておいたほうが 便利なので「とりあえずそういうことにしておきましょう」ということにしておいた、と。 で、やまがたさんは「でもさあ、これから先もそのやり方でうまくいくとは思えないんだ よね」と口説く。ま、それも道理だ。 でもさあ、「んじゃ、人の命や権利をプライシングしてみましょう。そういう裏付けがな いと他の話と接続できないもん」というのはぶっ飛び(c 宮沢りえ)すぎなんでないの? いいじゃん、そんなもん測れなくったって。てゆーか、どうせ測れっこないんだし(断言)。 世界における基本的価値は自明ではない(そんなこと、そこらへんで鼻タレてるガキでも 承知してるわな)。しかし、それを「群盲、象をなでる」がごとくまさぐって、まさぐり 倒して血まみれになったうえで、「まあ、この程度の価値はありそうですなあ」という気 配値が出される。それでい〜じゃん。「遊星どうしが仲良く公転している。でも、決して 僕の望むようには回ってくれない」って藻痢っ刺異くんが唄ってたけど、やまがたさんが この手のネタをアレしてるのって、この泥鰌にはその手の愚痴にしか聞こえないんですよ。 目的はいいとしても、やまがたさんのそのやり方じゃ機能しない。あたしはそう思う。
「プレゼンは絵ですよ! え!」というギーさんの言葉がしみる今日このごろ。 でもあたしは苦手なのじゃ。優秀じゃないのだ(対数グラフもつくりまふ)。 コロラドで 鍋の画待ちつつ ポン酢なめなめ(字余り)
大将棋、マカ大々将棋は、指すものでなくて、ならんだ駒の数の威容を「見て」 楽しむものだったと聞いたことが。 しかし、現代将棋が小将棋の変則ルールに過ぎなかった時代と言うのもそんなに昔のこ とではいなのだ。
むかーし買ったお子様向け将棋入門本にいろんな変わった将棋の指し方があったな。 ・安南将棋: 前後に駒が並ぶと、前後の駒の動きが入れ替わる。 なので、先手で言うと27と87の歩は、それぞれ26と86に ずらされてたりする。で、飛と角はそれぞれ最初は桂馬の動きをする。 ・目隠し(?)将棋: ま、ようは歩以外は自由に駒を配置してから対局を開始するってやつ。 しょっぱなから穴熊に組むことも可能。お互い相手がどのような駒組にするかは秘密 ・とんぼ将棋: 上手は歩、飛、角、玉のみ。下手は普通。で、上手の玉はチェスでいうクイーンの 動きができる。やってみたけど、将棋を知らないやつとしか、上手はさせない。 こんなところか。 あと、将棋も昔のやつがありますよね。小、中、大(泰)、摩訶大々とかってのが あったような記憶が。
こちらのGame Designingのほうがよかった http://www.chessvariants.com/icontests.html
http://www.chessvariants.com/large.dir/contest/index.html こういうのの社会の制度版をやるってことでしょうか?
復活作りましたです。
http://ruitomo.com/~kryoji/bbs/recycle.html
サイゾー今月号からの連想(で、ぼくが「あの人」だったころに 考えていたことでもあるんだけど)、 山形さん、フェアリーチェスってご存知? 新しいフェアリーの面白さを競うコンテストなんかもあるはず。 「おもしろさ」と制度ということに極めて近いテーマだと思う。 http://www.geocities.co.jp/Technopolis/6388/Fairy/fairy.html http://www.chessvariants.com/index.html http://www9.freeweb.ne.jp/play/sekik/chess/variant/index.html
い「高田」あい! もっとやさしくして「よみました」、おねがい・・・。 (シリーズ第25469作「女子大生n子の性 あたし、自由に使ってみたんです」より)
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん。 たざきでございます。 いえ、高田さん、私のような新参者はきちんと名乗るのが礼儀というもの。 「た」といえば、高田。「よ」と書けば「よみました」など、ご自由にお使い 下さいませ。
ども。
>「○ざき」さんもおじゃるでござるよ。 日々の雑感、いつもお世話になっているのに申し訳ない。
>「た」で始まるやつきっと俺だけだから、省略してもいいよね。きっと。 「たざき」さんもおじゃるでござるよ。
3番目の話題のある人は、だれか プロ棋士(なのかな)の意見を紹介していて、のある人って、あっしでござんすね。 ちなみに、プロ棋士(なのかな)は、谷川でごんすが、それが証拠に、チェスでも 将棋でも駒の動きはほとんど同じで変化がないじゃないかは、あっし自身の書いたこと(をこの主題にあわせて少々強引に解釈したもの)で、 プロ棋士(なのかな)は関与しておりませぬ。 あっしは、このころ、将棋のルールの変遷が「おもしろさ」を適応関数とする進化をとげた システムとして系統樹の解釈をできないかと思っていたもんですから。
今月号(今日発売)のサイゾーの「山形道場」を見てくださいな。
って、どんな本すか? おすすめ? 「た」で始まるやつきっと俺だけだから、省略してもいいよね。きっと。
>CODEの訳本 現在進行中(のはず)。年内って話はあるけど・・・
かしわぎさんとか山形さんとかが(あるいはほかのひとでもいいんだけど) CODEの訳本出してくれないかなぁと期待 していたりするのですが、その手の話って聞かないですかね。 # 鞄のなかにはいれっぱなしなんだけど、日本語の雑誌とか本を買うとつい # そっちを先に読んじゃうので全然すすまない....。
> 最近は、Let's NOTE に GNOME フルインストールしたら、 > xbill の GNOME版が勝手にはいったので > もっぱらそれだなぁ。 トラックボールにはよさげっすね。 # HJKL で操作できないのは Wingdoze版だから?
>> 人は疲れたり、何かから逃げたくなったり、何も考えたくないときに >> どうしてフリーセルをやるのだろうか? > ある意味でゲイツ様のおかげかと。Rogue とまでは言わないけど > Nethack という逃避は? vi の練習になりまっせ。 最近は、Let's NOTE に GNOME フルインストールしたら、 xbill の GNOME版が勝手にはいったので もっぱらそれだなぁ。
飲み会流れて不貞寝。夜中にごそごそ起きてまたアリー・・・明日はやめとこ。 この天気は「お家で柔道(軽量級)決勝を見ろ」とゆー協会の陰謀であろう(笑)。
モンゴル相撲出身の柔道選手でしたが・・・。