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 :   id  (reply, thread) - Sat Jul 31 21:12:08 2004

しかしおまいらってダブルスタンダードが好きだよな

イラクで目を負傷したモハメド君って子がいただろ?
橋田さん小川さんが凶弾に倒れても関係者の努力で
彼を日本に連れてきて治療して、見えるようにしてやったわけだが
そのとき彼は何て言った?

「日本の皆さんのおかげです、ありがとうございます」ってね

なんで、橋田さん小川さんが勝手に独断で自己責任でつれてきた
モハメド君にお前らが感謝されてるんだ?
自己責任と言うならば、モハメド君にこう言わなければならないのに。

「俺らには一切感謝するな、これは橋田と小川が勝手にやった事だ、
感謝される筋合いは無いからさっさと帰れ」と

モハメド君をつれてきたのは橋田さん小川さんの自己責任なのにね


黒木板  : 及位魔? id  (reply, thread) - Sat Jul 31 11:02:59 2004

別板の話で恐縮ですが、やまがた先生の書き込みで
*物理学の→物理が宇野
*この役所→この訳書
というタイポがなんかほのぼのと可笑しかったです。

追悼・中島らも  : Anonyous Coward id  (reply, thread) - Thu Jul 29 03:14:10 2004

 突然ですが、まだ誰も書いていないようなので、少しだけ。

ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、
何十年に一回くらいしかないかもしれないが「生きていてよかった」
と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、
あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。だから
「あいつも生きていりゃよかったのに」と思う。

『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』中島らも

これは、氏の自殺した友人についてのコメントです。この言葉が、かつての私の座右の銘でした。今はもう信じてはいないけれど。さようなら。


How to become a hackerで  : Takachin id  (reply, thread) - Wed Jul 28 22:08:41 2004

こんばんわ。ずぅーーーと前にHow to become a hackerのBasic Hacking Skillsの4番目の項目の部分が訳されていなかったので、wikiの上で訳しておきました。
もし、訳に問題なければ、統合してもらえれば幸いです。
http://webagora.idd.tamabi.ac.jp/wiki/index.php?cmd=read&page=HowToBecomeAHacker&word=HowToBecomeAHacker


あわ  : まう id  (reply, thread) - Wed Jul 28 13:12:36 2004

こんばんわ!b


As You Like It  : のぞき魔なあなた id  (reply, thread) - Wed Jul 28 13:07:53 2004 [reply to]

小人さんの望むままに追加していただければ、幸甚です。Wikiですから。
http://pitecan.com/Bookshelf/ 「山形Fanの本棚」の「新教養主義宣言」書評をご覧くださいませ。



>本棚  : のぞき魔 id  (reply, thread) - Wed Jul 28 12:38:49 2004

『美人(ブス)投票入門』みたいなの(対談)は入れないっすか?雑誌とか


山形Fanの本棚  : のぞき魔なあなた id  (reply, thread) - Wed Jul 28 12:28:42 2004

本棚.org に 「山形Fanの本棚」を作りました。
作ってる途中で、誰かが本を追加してくれて「うきーっ!!」と喜びました。
誰だか知らないけれど、ありがとう(とここで言ってみる)

本棚.org は、Wikiでさっくり作ってあるようです。
本棚の中味が表紙付きで一覧できて楽しいです。
アフェリエイトとしても面白いと思いました。


価値観は一つに収束できないゆえ、人権も多様な解釈が  : kagami id  (reply, thread) - Wed Jul 28 02:31:24 2004

共同体のデスポティズムを防ぐ事は何をやっても原理的に不可能かと…。
民主主義も含め、どんな体制でも防げないでしょう。
デスポティズムを前提に少しでも抵抗の確率を増大させるには、
立憲制の中で共同体規範(人権)を強化するより、
私権を拡充させ、権力を分散させる方が効率的であり、
その拡充に共同体規範が抵触するときは、
リソース論で判断した方が、より有意な結果(抵抗の実力の上昇)になると思います。

それこそ、ロードス島戦記じゃないですけど、
巨大な民主帝国の多数派専制支配よりは、
常に多様な国家群があい争っている、
争いの均衡の方が望ましいと思います。

平和が一番ですけど、有限の資源と、人間の根本的に性悪なサガ
として絶対に不可能な以上、次善の策を取るしかないと考えます。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4907725213/


多分  : もげらった id  (reply, thread) - Tue Jul 27 10:04:55 2004 [reply to]

>なのではなくて「多数派の意見が支配するのが現実」なので、何とかしようって話でしょ。
>立憲制で多数派の専横を本当に何とかできますか? 多数派は憲法も政治システムも変えちゃうよ。
>そんな改正は無効って言っても現実にはむだですよ。

かぷら氏と地祇氏で微妙な誤解があるのでは。
実際の運営上では憲法がナチスのような暴走のある程度の歯止めにはなりうる
ということは地祇氏も認めるのではないですか?
地祇氏はその意味で
>「民主主義の枠内で」立憲思想が有用だというのなら、そういうこともあると思います。
といっていると理解しました。
一方でかぷら氏は、そのことを
>立憲民主主義ってのは多数派の専制としての多数決民主主義を避けるために導入された
と言っているわけで
両者が言っていることに違いは無いように思います。
民主主義という言葉の定義がそれぞれ異なっているように思われます。

もし地祇氏に上記のような考えは無く
民主主義に立憲制は必要ない。と考えているのであればお詫びして謝罪します。


帰宅しました  : 地祇 id  (reply, thread) - Tue Jul 27 01:18:04 2004 [reply to]

ILPさんへ。私は山形さんの自己責任論やリソース論は論理自体としては正論だと思うので、その論理自体をその他の問題とごっちゃにして否定したら、いわば「盥の湯と一緒に赤ん坊を流す」ようなものだと思い、くどくど書いたわけです。論理自体の正当性とその適用の正当性が別なのは、おっしゃるとおり。ここは完全に同意します。
 でも、山形さんは、イラク人質事件については、適用の基準の根拠を、過去に結構たくさん書きこんでいるんですよね(ILPさんが賛成するかどうかは別として)。だから山形さんが過去に持ちだした根拠のここがおかしいと言っていただいたほうが、わかりやすいというか(そういう根拠が「部室」で議論されてるうちに、紆余曲折をくりかえしつつ、どんどん話が抽象的になっていったみたいなのですが)。

 かぶらさんにも何か言ったほうがいいのかなあ。ひと言ではいいにくいが、

>多数派の意見が支配するのは当然

 なのではなくて「多数派の意見が支配するのが現実」なので、何とかしようって話でしょ。立憲制で多数派の専横を本当に何とかできますか? 多数派は憲法も政治システムも変えちゃうよ。そんな改正は無効って言っても現実にはむだですよ。


be/ABC  : 通りすがり id  (reply, thread) - Mon Jul 26 20:15:08 2004

ご本人が既に降臨されてますが念のために置いてときますね。
ttp://d.hatena.ne.jp/kanose/20040726#yamagataabc2

またまたまた  : ILP id  (reply, thread) - Mon Jul 26 12:31:58 2004

もう書かないつもりでしたが、一週間ぐらいここも覗けないので。

地祇氏へ。
なぜ山形氏の見解に同意できないか。
それは、私の思考がロールズの議論の枠組みに乗っかって進んでいるから。

リソースの有限性は認めるが、
いかなる分配をなすべきかは別問題。
それは正義の問題である、とロールズは言う。

ロールズの議論は、
「正義の原理の正当化根拠」と、「実際に適用されるべき基準」
とに明確に分けて論じられている。

リソース論とか世間とかは、「正当化根拠」にあたる。
そこで止まってしまっても「基準」は出てこない。
しかし、山形氏はその段階で、人質を糾弾してしまった。
割り当て分以上のリソースを消費したということになるのだろうか。
割り当て分はまだ決まっていないのに。

そこで、そもそも山形氏に基準を定立する義務があるのか、
という問題が生ずる。
刑事訴訟なら、訴追する側に立証責任がある。
つまり、不利益を課そうとする側に立証責任があるということだ。
それとのアナロジーで、糾弾する側に基準定立義務がある、と私は考えている。

つまり、山形氏の思想がどうこう言う前に、手続き違反だということだ。
私の怒りの中心はそこにある。
障害者の話を持ち出したのは、山形氏の議論が「正当化根拠」でとどまっていることを伝えるため。


 : 必死で議論してるとこ悪いが id  (reply, thread) - Mon Jul 26 05:30:22 2004

みんな読んでないよ。頭悪い文章ってぱっと見で分かるんだよね。

ここはひどい思想の闘技場ですね。  : かぷら id  (reply, thread) - Mon Jul 26 04:17:21 2004

>「民主主義の枠内で」立憲思想が有用だというのなら、そういうこともあると思
>います。でも、民主主義に優越すると思いません。また、自然法や自然権といっ
>た正当性の根拠なき神話(としか思えないもの)を、無批判に支持することはむず
>かしい。別の論理的構成を考えるべきかと。

立憲民主主義ってのは多数派の専制としての多数決民主主義を避けるために導入さ
れたわけだけど、そういう枠はもう要らないというわけか。すごい覚悟ですね。
それにしても、そこまで極論してもなお、民主主義自体は疑わないんでしょうか。
民主主義は「正当性の根拠なき神話」などではない、と?
それともたんに、多数派の意見が支配するのは当然という、馬鹿でも分かる
(そして馬鹿以外には多くの問題点が明らかな)理屈を自明視しているだけなの
かな。

お前はリバータリアンか?  : だいたい同意するのだが id  (reply, thread) - Mon Jul 26 03:38:22 2004

>また、自然法や自然権といった正当性の根拠なき神話(としか思えないもの)を、無批判に支持することはむずかしい。

自然権が神話というならともかく、自然法も否定するということは実定法派ってことかい。そうだとすると根本的にお前の言っていることは間違ってるのだが、面倒だからやめとく。


民主主義にタガをはめる物って  : ななしA id  (reply, thread) - Sun Jul 25 23:30:30 2004 [reply to]

自然科学なんじゃないでしょうか?

幾ら暑い夏は困ると主張しても、夏は暑いんだし。

幾ら構造改革が必要だと叫んでも、お金が回らないと
景気は回復しないんだし。

私は永井ファンなので  : naz id  (reply, thread) - Sun Jul 25 20:38:23 2004

内緒にしておきたいような気もするけど、
>「善なる嘘」
元ネタはこれね。
あ、ご存知でしたか。

>イラクの人質を糾弾したということは、それを是とする基準が山形氏の裡にある、
ということだと解釈しています。(ILP氏)

サイゾーの記事の
「タダノリストは皆になんとなくわかっちまう」って部分じゃないの。
だから勝手に一般化するなってことなんだと思うけど。
で、金子勝みたいな、サヨクみたいなモラリストの弱点は、
システムの運用を共同体成員の美しきモラルに頼ってしまうところ。

で、これがなぜダメかとか、
だからどうすべきかってことは宮台が専門にやってる。


私はあなたの論理が知りたいのだ  : 地祇 id  (reply, thread) - Sun Jul 25 19:47:56 2004 [reply to]

ヲチャーさん、Kagamiさんにあれだけのことを言ったのだから、自分の言葉で答えてほしいのですよ。いなばさんがどう言おうがかまわん。あなたはどう考えているのですか。


地祇さん  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sun Jul 25 19:19:19 2004

皮肉でもなんでもなく、いなば先生に採点してもらったらどうでしょうか。
こちらもえらそーなことは言えませんが、多分それではペケだと思いますよ。

この方向に話を振った張本人でもあるわけですし、いなばさんのコメントはこちらとしても伺いたい気持ちがありますが。


追記  : 地祇 id  (reply, thread) - Sun Jul 25 18:23:36 2004 [reply to]

システムをうまく働かせるための「善なる嘘」と、自然法的人権は、たぶん同じものだと思っているのですが。つまり、

1 自然法的人権思想には正当化の根拠がないから、神話であり、嘘である。
2 しかし、自然法的人権思想の強い地域では、全体主義思想の台頭がないという歴史的事実があるから、自然法的人権思想は有用である。
3 それゆえ、自然法的人権思想は有用な嘘=「善なる嘘」である。

ってな論理構成になっているかと。ま、ただの憶測ですが。


ちょっと前に戻りますが  : 地祇 id  (reply, thread) - Sun Jul 25 16:44:01 2004 [reply to]

ヲチャーさんへ

>障害者支援がリソース論になじむとのことなのですが、

 リソース以上のことは端的に不可能なのですから、なじむなじまないの問題ではありません。ご同意いただけないのでしたら、どうすれば社会全体のリソース以上のことができるのか、ご教示いただきたいと思うのですけれど

>金がないからお前らに支給する金は減らす、極貧でも生きられればいいだろうみたいな結論になりうるので問題が多いのではないかと。

 そう言っているのは、前にも書きましたが、むしろ日本国憲法と判例のように思います(立憲制の根幹たる憲法と裁判所)。くりかえしますが、憲法と判例によれば、「最低限度の生活を努力目標にする(具体的責務なし)」ですから。
 ナチスの二の舞が怖いのでしたら、民主主義という思想の闘技場のなかで、そういう思想や運動が台頭しないよう戦って、潰していくべきでしょう。逆に、いくら立憲制があろうが、自然法思想があろうが、ナチスの思想に絶対的多数を押さえられてしまったら、どうしようもないはずです。あなた自身が、

>立憲思想が生まれ育まれた地域では全体主義的な思想が大きな支持を集めない

 とおっしゃっていますが、「大きな支持」を集めさせないことが重要です。だから、「民主主義の枠内で」立憲思想が有用だというのなら、そういうこともあると思います。でも、民主主義に優越すると思いません。また、自然法や自然権といった正当性の根拠なき神話(としか思えないもの)を、無批判に支持することはむずかしい。別の論理的構成を考えるべきかと。

>そうした決定がたんなる気分で決まるのですから。

 リソース論、自己責任論それ自体の論理と、「気分」といった問題その他をごっちゃにしていわれると、話がこんがらがっちゃうんですが。


うーん  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sun Jul 25 14:22:24 2004

kagamiさん、これはいなばさんがすでに指摘していることなのですが、あなたのいう人権とは
>ルーマンがかつて言っていた「制度としての基本権」、つまりシステムをうまく働かせるためのデバイスとしての「善なる嘘」という感じ
がするのですが。

そうであれば、自然法的な人権(いなばさんは自然権的な人権と書いているが)とは異なるものを想定していることになりますが。

人権批判はいいのですが、人権と呼ばれる諸価値を系譜学的に切り分けて理解しておかないと分類そのものが陳腐になるばかりでなく、乱暴で粗雑な議論を招くだけだと思われです。


発達心理学系ですが  : かめきち id  (reply, thread) - Sun Jul 25 13:33:44 2004

 はじめまして。僕は大学で心理学の勉強をしている者です。今回はピアジェーコールバーグ流の考えである、「自己中心的な幼児は、他者の視点に立つことができない。」ということについて、僕的には、これはしたがって、「自分のことしか考えない無道徳な存在。」という意味が根底にあると思えてなりません。教育的に考えて、僕は、幼児自身とか、家庭環境とかじゃなくて、その子に対する教育は周りの社会が作り上げていると思っているのですが、これについてみなさんの意見を聞かせて下さい。


実際論の階層で話すとそうなのですが…。  : kagami id  (reply, thread) - Sun Jul 25 12:39:01 2004

比喩は一段階上の階層の意味で使いまして…。
ナチスの生命圏思想(Lebens-raum)は
『偉大なるドイツ民族の健やかな生存の為にその場所を勝ち取れ!!』
みたいな感じで、まさにこれは、

『『偉大なる人権に基づく健やかな生存の為にその場所を勝ち取れ!!』

という人権論者の発想と、完全にパラレルな形を為しているのですね。

これを認めると貧しい人の生存を守る為に、金持ちから金を没収とか、
それこそ、人権を基礎とする法実証主義に基づく無茶苦茶が横行してしまう。

こうなると、例えば、安楽死を望む人を『無理やり力ずくで』生存させるとか、
人権ドグマが超越的に先行して社会が滅茶苦茶強権的な支配下に置かれてしまい、
これもまた、ナチの優生学あたりと表裏一体のパラレルなものとなっています。

あと、リソース論は無駄を減らすことによって、
同額の出費において比較した時の福祉サービスを向上させると思います。
評価基準を持ちこむ必要は必須かと。競争がなければ、腐敗するだけですから。


リソース論の問題点  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sun Jul 25 12:10:25 2004

障害者支援がリソース論になじむとのことなのですが、金がないからお前らに支給する金は減らす、極貧でも生きられればいいだろうみたいな結論になりうるので問題が多いのではないかと。
場合によっては、生きてるだけ無駄だから死ねとか。
(余計はことを言えば、ナチスの思想はむしろこうした類のものだったと記憶しますが)

ましてや、そうした決定がたんなる気分で決まるのですから。


kagamiさん  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sun Jul 25 11:09:12 2004

私人の権利と自然法的な人権のどちらを優先するかというのは、古くからある問題なんですね。
単純化して書けば、私人の権利(自由に関する諸価値と重なるものが多い)を抑制することが立憲制という発想にあります。

私人の権利を享受する立場からすれば、当然それは余計な制限でしかない思われるでしょう。
しかし、私人の権利を優先させれば弱肉強食に傾きがちな現実のあり方に個人で対処するしかなくなってしまう。
それでもいいという立場だって昔からわるわけですが、それでは困るというのが立憲制の立場なのです。

これがナチスの思想とは全く異なることは、立憲思想が生まれ育まれた地域では全体主義的な思想が大きな支持を集めないという歴史的な事実によっても理解できるのではないか。
ドイツはこの点では全くの立ち遅れていましたから。


過剰人権  : kagami id  (reply, thread) - Sun Jul 25 10:33:23 2004

基本的な部分の人権(個的な人の権利を一律に守る)は
社会秩序維持の為に最低限必要だと思いますが、
過剰な人権は、『普遍的な他者の権利を守る』という名目で実際には
個的な他者の権利を社会正当化された暴力で侵害する訳で、極めて有害な、
それこそナチスの生命圏思想と何も
変わらぬものになってしまうと思いますが。

私は人権よりも私人の権利の方の拡充が重要だと思いますね。

人権のおかげで、私人幻想に拠する文化芸術などは
特に大打撃(言葉狩り等)を受けていることなど個人的には耐えがたく思います。
リソース論がベースならば、このような過剰人権による
個の権利の侵害は起こり得ない訳であり(優れたものは、その優れにより評価される)
過剰人権の息苦しい世界よりずっと優れているのではないかと考えます。

過剰人権論者の問題は、
過剰な人権こそが、人々の権利を侵害していることに対する無自覚さですね…
(例えば人権の名の元に、不幸な人への救済金として一律の寄付を強制されたら、
それはたいへんな私権の侵害ですよ。)
究極的には、「人権を守る」という名目で戦争を始める。
それが現代における人権のゆきつく先かと。


地祇氏に同意  : Cyberbob:-) id  (reply, thread) - Sun Jul 25 07:44:58 2004

そもそもあの事件は人質の生存権と、我々の民主的決定との取引だったわけだが
そこはあまり語られることがなかったような。

なぜ人を殺してはいけないのかという問い、それは人権があるからという答え。
でもそのまえに、なぜ我々は生きてここにいるのか、という問いのほうが重要でないか。


不思議だ……  : 地祇 id  (reply, thread) - Sun Jul 25 05:05:28 2004 [reply to]

 ILPさんが、これだけ私の書きこみに同意してくださるのなら、山形さんとも基本的立場にそう違いはないはずだと思うんですが。
 個人的には、山形さんの自己責任論と障害者支援の話は、論理的に相性がいいと思っています。リソースの限界がある場合、自己責任を問われても仕方のない人間に、若干の費用負担や損害の補填をしてもらい、それで浮いたリソースを、支援の必要な人たち(先天的な障害者の方とか)にふりむけることで、ある程度やりくりできるからです。
 ただ、「障害者」支援と「障害者支援活動」支援とはだいぶ違っていて、ILPさんには申しわけないのですが、私も「障害者支援活動」にはあんまりいい感じがありません(自立支援じゃないんですが)。私の家族がそういう活動にちょっと関わっていたので、いろいろ話を聞いて、あまりよくない印象ができているんですね。だから、このへんは個々人の体験や見聞によって印象がばらばらで、「あんなもん無駄だ」という人から「すばらしい活動だ」という人まで差があるのは、どうしようもないんじゃないでしょうか。
 ちなみに私は民主主義にまさるものはとりあえずないと思っています。以前も書きましたが、ある種の人権は民主主義自身の不可欠の要素をなしていて、それを民主主義が否定するということは、民主主義が自分自身を否定することだと思っているからです。だからナチスのやったことは、単に民主主義の否定にすぎなかったと思うのです。
 午前2時すぎに帰宅したもんで、なんかえらい時間になってしまった。ご丁寧なレスに深く感謝します。 
 


またまた  : ILP id  (reply, thread) - Sun Jul 25 04:04:26 2004

書き込んだ直前に地祇氏のコメントが!
本当は、民主制とか人権の話は軽く流してしまいたいんですよ。
でもせっかくですので、もう書き込まないと言いましたがレスさせていただきます。

>確かに「自由主義」はまずいんじゃないでしょうか。

これは芦部信喜の用法なんです。私も違和感があるので、留保をつけておきました。

憲法25条のことについては常に頭から離れません。
判例に従えば、障害者の自立支援は、政府の裁量でうち切ってしまうことも可能です。

>障害者支援は、憲法と判例によれば、「最低限度の生活を努力目標にする(具体的な責務なし)」だけ。でも、あなたはこの程度のことでいいのですか?

もちろん、このままでいいはずがありません。

>もし不満足ならば、あなたがすべきことは、民主主義と世間に訴えることです。
>つまり少なくともこの日本において、あなたの味方はむしろ民主主義や世間なんです。

それは全くその通り。全然否定する気はありません。
現在、計画は着々と進行中です(といっても、来春から本格的に動くことになりそうですが)。
ただ、山形氏のいう「世間」は、私の考えているものとはかなりイメージがずれている気がします。
山形氏の考えに賛同するわけではないことだけは、声を大にして言っておきたい。
(だから、「世間」を否定しているように見えたんでしょうね)
個人はそんなに非力じゃないぜ。世間との付き合い方がわかればね。

>リソースの限界は、われわれが意思決定をするときの限界、われわれの可能性の限界です。

これもその通りなんですが、リソースの総量が決まっているときの分配の比率の問題は、
これとはまた別の問題であるということは言っておきたいと思います。

>立憲制を民主主義に優先させたいような書きぶりをしていらっしゃるのですが、
>もし「人権が民主主義に優越する」という人がいたら、それは山形さんがいうとおり、多数者をだまくらかすため、だけでしょう。だって、憲法改正だって、日本では民主主義でやるんですよ。

私は、フィクションをフィクションと知りながら、その効用を認めています。
人権という言葉を盲信するつもりはありませんが、役に立つなら使います。
「人権が民主主義に優越する」の人権のところに何を入れるかは、人それぞれですが、
多数の専制を抑制できるのなら認めましょう。
ただ、「民主主義に優越するものはない」とだけは絶対に言いませんよ。

たとえば、大戦後に自然法思想が復権したのは、ナチスが法実証主義で無茶苦茶やったからです。
やっぱり歯止めはいるんです。そういうバランス感覚は必須でしょう。

熱いナイスレス、ありがとうございます。


まとめてレスです長くてごめんなさい。  : ILP id  (reply, thread) - Sun Jul 25 03:07:50 2004

山形氏へ。
過去ログ読んで納得できるならこんなことしてませんって。

Cyberbob:-)氏へ。
何にショックを受けるかは人によるのではないでしょうか。
高度な議論かどうかは自分でもよくわかりません。
なるべく話を広い範囲に広げたいとは思ってますけどね。

kirkland氏へ。
障害者支援に社会的評価は必要だと思います。確かに傲慢になっちゃいかんです。
でも私、必要ないなんて言ってます?
いま自分の書き込みを見直したんですが、該当箇所はどこでしょうか。
そうとられるようなところがありましたら、お詫びして訂正いたします。
ただですね、社会的評価といっても、どんな基準でやるんでしょうか。
社会的評価が下されたとして、どうなるんでしょうか。実はよくわかりません。
だってこれは国がやるべき仕事ですよ。利益を生むわけじゃないし。
去年一年で770億円かかってます。民間の寄付でどうにかなる規模じゃないです。
評価が低かったらこの金額を減らすんですか?
現時点で有資格者の一割しか制度を利用していないのに?
まあ、国のほうはどうにかして削るつもりみたいですが。
(ちなみに利用者が少ないのは啓蒙不足。障害者は情報からも疎外されている)
それ以前に、自分の生活をなんとか少しでも良くしようとしている障害者を評価するんですか?
違和感ありまくりです。
繰り返しますが、障害者が「主」です。決定権は全て彼らにあります。
介助者は障害者に頼まれたことをやるのが原則なので、評価の対象とすべきではないでしょう。
生産性において明白に劣る連中ですから、リソース論をベースに評価するのは危険です。
だからこそ、山形氏にとって、リソースのムダ遣いとはどのような状態を指すのか、
答えてほしかった(結局ここへ行き着く)。

えすさんへ。
イラク人質からリソースの話、世間の話へとつながって、
それだとうまくいかない例として障害者の話になったので、関連性はあります。
「只の詭辯」ではないと思います。

B5さんへ。
障害者支援制度があって初めて彼らは、「人並み」のスタートラインに立てるのだから、
社会的評価に関係なく自明のものとして認めてあげたいです、個人的には。
でも、世の中には様々な見解があります。
そこで説得力を持つには、社会的評価に曝される必要もあるでしょう。
それから、具体的な話と抽象的な話はつながっているつもりなんですがね。失敗してますか。

さて人権。私は、社会の基盤にあるフィクションの効用というものを高く評価します。
役に立つならそれでいいです。
だから、個人的には人権擁護で憲法遵守を心がけています。
でも人権は、それを尊重する気のない者に対しては説得力を持ちません。
だから他の理念も必要になります。

今のところ、「レシプロシティ」でいいじゃないかと思ってます。
前に富士岡氏が言及された、「立場の互換」ってやつですね。
この立場からも、私はイラクの人質を糾弾する気にはなれません。
だって私は、自分の非力さに自覚があるから。それでも必要なら、きっとイラクに行ったさ。

山形氏のコメントはいただけないようなので、書き込みはこれで最後にします。
長々と失礼致しました。


立憲制はホントは山形さんの味方?  : 地祇 id  (reply, thread) - Sun Jul 25 03:05:42 2004 [reply to]

 ILPさんの人権論には、ご質問があります。まず、

>自由主義(ま、人権のことなんですがね。他の概念で置き換えたほうがいいか)と、
>民主制の相克なんて、たいていの憲法の教科書に書いてありますよ。

 と書いていらっしゃいますが、確かに「自由主義」はまずいんじゃないでしょうか。人権には自由権的基本権と生存権的基本権があると思うんですが、障害者の自立支援は、たぶん生存権的基本権の問題でしょう。で、生存権って、日本国憲法にどう書いてあるかというと、

 25条1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 つまり「最低限度」なんです。
 さらに判例は生存権の「プログラム規定説」をとっているそうです(学説はいろいろありますが、拘束力があるのは判例ですから)。これは「健康で文化的な最低限度の生活」は国の「努力目標」にすぎないとするものらしい。つまり国は具体的な責務を負わないんです。こういう考えかたの根拠のひとつとして、「国民に生存権を保障する場合、現実には国家財政の制約下にあり、自ずと限界がある。」(www1.tcue.ac.jp/home1/katoi/semi/2003semi/in2/0619.htm)などといわれます。
 もうお気づきのとおり、これは一種のリソース論なんですよ。
 もちろん現実に問題を解決するとき、何らかのかたちでリソース論が出てくるのは当然です。そもそもリソース論というのは理念とか思想の問題じゃないと思います。リソースの限界は、ほとんど物理的な限界であって、何をどうしたくても、それ以上はどうしようもない、というたぐいの限界なんですよ(その意味で、山形さんのほうがリソースを広くとっている。財政ならば増税という選択もあるから絶対的限界ではないが、社会全体のリソースの限界はどうしようもない)。リソースの限界は、われわれが意思決定をするときの限界、われわれの可能性の限界です。
 というわけで、ILPさんは、立憲制を民主主義に優先させたいような書きぶりをしていらっしゃるのですが、障害者支援は、憲法と判例によれば、「最低限度の生活を努力目標にする(具体的な責務なし)」だけ。でも、あなたはこの程度のことでいいのですか?
 もし不満足ならば、あなたがすべきことは、民主主義と世間に訴えることです。議会に障害者支援を充実する法律を制定させたり、世間を動かして寄付を募ったり労働力を提供してもらったりすることです。たとえば生活保護法が議会で制定されているから、生活保護がもらえるのです。
 つまり少なくともこの日本において、あなたの味方はむしろ民主主義や世間なんです。民主主義や世間を否定したら、障害者支援なんか絶対ひろがりを持たないです。あなたが人権を訴えるなら、それはあくまで世論を喚起し、多数を味方につけるためでなくてはなりません。もし「人権が民主主義に優越する」という人がいたら、それは山形さんがいうとおり、多数者をだまくらかすため、だけでしょう。だって、憲法改正だって、日本では民主主義でやるんですよ。
 「人権が民主主義に優先する」という悪魔のささやきは、そんなに甘美なのですか。でも、それは、滅びへの道だと思います。


自己責任論と人權  : えす id  (reply, thread) - Sun Jul 25 00:00:34 2004

全然關係のない話を混ぜても仕方ないのでは。そもそもイラク元人質の自己責任論に障碍者の話を持ち出さなければ、人權など絡めずに議論できたのですから。只の詭辯にしか見えません。

補足。多數の利益を損ひ少數の利益となる決定を多數決で選擇することは十分あり得ます。ただしそれは多數派にそれだけの損を許容させるに足る正當性があればの話です。その正當性を主張する爲に人權等を持ち出すことができる、といふだけでせう。つまらない議論であると感じます。


結構なお話ですね  : 軍ヲタ id  (reply, thread) - Sat Jul 24 23:17:18 2004 [reply to]

立憲制ですか。それはそれはご大層なことで。
私は単にお礼がいいたかっただけですので、どうぞ議論を続けてください。
失礼しました。

軍ヲタとやら  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sat Jul 24 23:03:54 2004

セキュリティを強化するとかの類もそうだが、おまいがリンクした話は立憲制とは別の理屈によるものなんだ。
それは誰も否定しない、というか否定しようもない現実ではあるが、立憲制はその帰結として導かれる不毛に対抗する原理なわけ。

こういう考え方は、建前と本音とか大人と子供とかの区別とは本質的に異なる。
口先のごまかしで言ってるのではけしてないのでよく考えてほしいな。


ありがたやありがたや  : 軍ヲタ id  (reply, thread) - Sat Jul 24 22:25:46 2004

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040724-00000000-san-pol

人質擁護派の皆さんが政府の邦人保護義務を強調して下さったおかげで、自衛隊の
特殊部隊が大幅に強化されることになりました。政府専用機も増やされるようで、
近い将来邦人救出のための特殊部隊派遣が実現しそうです。
イラク戦争開戦のときには戦争に大義を求めておられる方もいらっしゃいましたが、
大義なんぞはどうとでも都合がつくわけで、なんともありがたい話でございます。

冗談じゃない  : ヲチャー id  (reply, thread) - Sat Jul 24 20:33:24 2004

人権は大事ですよ。
大事じゃないってのなら、ここで反感を持った香具師が、いなばの娘を拉致って生きたまま焼き殺したり首をちょんぎったりしたってかまわないということになる。

そんなことは現実にはままあるのだが、しかし、だからこそ禁止行為として設定されているのである。

人権が簡単に侵害される現実はありふれているが、そうであればこそ一見根拠なしに見えることがあっても、守られねばならない。
でないと、誰もが人権を侵害する過酷な現実と、それこそ「自己責任」で向き合わなくてはならないが、その方向に行くのであればそもそも社会というあり方は成り立たなくなる。

これが立憲制の肝でしょ。

その意味で、人権は不可侵の聖典でもなんでもないという立場は、少なくともいなば氏はわかりそうなものだが。


責任の一例  : sumi id  (reply, thread) - Sat Jul 24 19:00:55 2004

登山の例をあげてみます。

グーグルによる検索結果
山岳会 マニュアル
遭難報告

登山者は、登山計画書を提出し、遭難保険にも入り、事故に備える。
山岳会でも、会員に事故が発生した場合の行動原則を予め決め、遭難対策費を積み立て、緊急時に備える。
そして、事故が発生した場合には、その原因と考えられる対策を公表し、同様の事故の発生を防ぐための情報とする。

こういったことを、ごく普通の市民(登山者)がやっているという現実。
それを知った上で、三人組の行為(思想とか意義じゃないです)を肯定するのは、私にはちょっと無理。


だからさ  : B5 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 18:23:57 2004

 障害者の人権を民主主義に優先させると
リソース論ではかたずかなくなるんじゃないですか?

だから、障害者の自立支援は
>みんながみんな「障害者の自立支援は評価を受ける必要もなく正しいのは自明」
>とは思ってない。
ていうような世間の評価とは関係なくあるべきだ
というのが、ILPさんの意見だと思います。

で、ILPさんの最新レスだが、
>そもそも、多数決原理=世間とか、
>リソース論とかでは決着のつかない判りやすい例として、
>障害者の自立支援は適当かと思ったんですが。
>山形氏にまさか、「民主制の枠内で解決すべき」とまとめられるとは。
>自由主義(ま、人権のことなんですがね。他の概念で置き換えたほうがいいかも)と、
>民主制の相克なんて、たいていの憲法の教科書に書いてありますよ。

って、また話が抽象化して、人権と民主主義の話にさかのぼるわけですよ。
でも、その話は「人権がなぜそんなに大事なのか」
「その人権とやらはどう裏付けられるのか」という話はちょっと前に
したわけです。いなばさんも出てきたわけでつよ。

こうして、具体例と抽象化した話をグルグルめぐってるだけで
螺旋階段なんて一段も上ってないわけです。

kagamiさん、はじめまして。  : ばくはつ五郎 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 17:56:57 2004 [reply to]

「自分より凄い奴らがいる」のは、決してテクノクラートの職場に限らないと思う。
抽象的に広がった、目的や成果を日常的に体感しにくい社会を、「どんぐりの背比べ」の序列を頼りに生きているからこそ、
こういう意識は不遇感とセットで現れるんだと思います。それこそ相対的な序列に関係なく。
だから「自分たち以外みんなバカの時代」と言い換えてもいいのかもしれませんね。
それは、あらゆる階層の人が、寄る辺ない「没落中間層」になってしまった状態とも言えるかもしれない。


遅まきながら……  : Never More id  (reply, thread) - Sat Jul 24 17:18:52 2004

『Free Culture』、昨晩読了しました。
第13章あたりからは、もう涙なくしては読めまへん。
レッシグ先生、ええヤツやんかぁ。もういっぺん、ちゃんと
読み直します。

この本、ホントに売れるといいですねぇ。


落ち着いたかな?  : kirkland id  (reply, thread) - Sat Jul 24 15:30:15 2004

「そもそも、多数決原理=世間とか、リソース論とかでは決着のつかない判りやすい例として、
障害者の自立支援は適当かと思ったんですが。」
だからそれはなぜなのかを書きなよ。
みんながみんな「障害者の自立支援は評価を受ける必要もなく正しいのは自明」
とは思ってない。
なぜ障害者支援には社会的評価は必要ないの?

あと山形氏はILPさんを(不当には)貶めていないよ。
社会から評価がないとこには非効率や問題が起こりやすいってのはだれでもわかること。
それはいいことじゃない。
福祉やNGOなんかだとそうなりがち。
勿論そんなことなくよい福祉活動をしてる方々もいるでしょう。
でもあなたの発言は評価を否定してた。
そしたら「こやつは傲慢な方の福祉関係か」
と言われるのは当然だと思うよ。


そして自己責任論だけが残った  : Cyberbob:-) id  (reply, thread) - Sat Jul 24 15:11:04 2004

自己責任論でショック?
首にナイフあてられた映像がお茶の間に流れたのはもう忘れたの。

高度な議論?
何が起こったか整理しきれてないか忘却してきてるだけじゃないの。


なあ山形よ  :      id  (reply, thread) - Sat Jul 24 14:31:12 2004

同じところをぐるぐる回っているのではなくて、螺旋階段を上るように高度な議論になってきていることに気づかないの?
それとも、ついてこれなくてもうギブアップしたいの?

イヤミで逃げないで本音を書けばまだ可愛げもあるのに…。


advice  : おせっかい id  (reply, thread) - Sat Jul 24 13:58:08 2004

有効な反論が組み立てられないことの矛先を他に向けないで、ちゃんと受け止めてみな。
このままじゃ、山形は薄汚い下品な言葉を吐き散らす単なる保守親父だと、近い将来見做されることになるぞ。

朝日に書かせてもらってる今ならまだ間に合う。
悪いことは言わないから、真摯に反駁してみよ。


延々と言ってきたことをゼロから蒸し返さないでほしいな。  : 山形 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 13:51:51 2004

ここの過去ログ読んでね。

落ち着いていきましょう。  : ILP id  (reply, thread) - Sat Jul 24 10:59:48 2004

>ここでの話は障害者支援の話であって、障害者そのものがどう思われてるかなんて知ったことじゃない。

なるほど。そういう考え方もありますか。
私のまとめ方が悪かったですね。申し訳ない。
では、あらためて障害者支援の話をしましょう。
ただ、誤解のないように言っておきますが、
障害者の自立支援では、あくまで障害者が「主」で、介助者が「従」です。
介助者が全部やったらそれは自立ではない。
したがって、障害者支援の話に障害者自身の話が出てくるのは必然だし、
その話題を意図的に避けるつもりもないです。あくまで文脈によるということで。

「障害者そのものがどう思われてるかなんて知ったことじゃない」と思うのは自由ですが、
山形氏の発言は、そこまでの射程を持ってしまっているでしょう。
だって、「世間」を持ち出しちゃったんだから。

>。「世間が障害者自立支援をあまり評価していなさそうだ」という話を持ち出し、世間的に評価されていなくても障害者自立支援を切り捨てるのはいけないことだ、という主張を暗黙のうちにしたのはあなたです。卑しい責任逃れはやめましょう。

確かに、その主張は私の見解です。
でも、暗黙のうちに主張しているわけではないですよ。
障害者が世間的に評価されていない、という話をしたのは、
世間、あるいは民主制による支援が困難かもしれない、ということをいうためです。
話の流れ上、必然であります。
そもそも、多数決原理=世間とか、リソース論とかでは決着のつかない判りやすい例として、
障害者の自立支援は適当かと思ったんですが。
山形氏にまさか、「民主制の枠内で解決すべき」とまとめられるとは。
自由主義(ま、人権のことなんですがね。他の概念で置き換えたほうがいいかも)と、
民主制の相克なんて、たいていの憲法の教科書に書いてありますよ。

>さらに、ある議論がある目的に使われる可能性がある、ということとその正当性とはまったく別の問題。

別問題ですけど、無関係じゃないですね。
説明不足だから、どうとでもとれちゃう。恣意的な援用にも使いやすい。そういうことでしょ。
こういう発言をみると、山形氏はそんなに政治的じゃないんだろうな、と思います。

>そしてここであなたの本音が出る。自立支援って、障害者に金を恵んでやることじゃないでしょうに。でもあなたにとっては、そういうものでしかないのね。

「そういうものでしかない」ではなく、「そういうものでもありうる」と言っておきましょう。
障害者は、自分の生活プランに基づき介助者を集めます。
介助者がいなければ生活そのものが成り立ちません。
介助は労働なので、報酬が発生します。
その報酬の原資をどこに求めるかは最大の問題のひとつです。
つまり、「カネで解決する問題はけっこう多い」のです。
もうひとついうなら、対価を支払うことにより、
障害者と介助者が対等の関係に立つという側面もあります。
けっして、カネの話は悪いことじゃなく、むしろ積極的に早い段階で話題とすべきものです。

山形氏がなんで「カネ」の話に過剰反応するのかよくわかりません。
リソース論とも親和的だと思うんですがね。

卑しくってもいいですからまともな話をしましょうよ。
一言言うと、悪意が倍ぐらいになって返ってくるのは別に構わないですから。
障害者支援の話なんて、繰り返すけど一例でしかないんですから。
山形氏の見解の射程が、かなり遠くまであるということを示したかっただけなんですから。
イラクの人質を糾弾したということは、それを是とする基準が山形氏の裡にある、
ということだと解釈しています。
それを明らかにしないまま特定個人を糾弾する、ということが、
まさか許されるとは思っていませんでしたよ。

そのショックがずっと尾をひいてます。


サイゾーまだ読んでません。  : Cyberbob:-) id  (reply, thread) - Sat Jul 24 10:09:26 2004

成長期では政府に要求したら出るものが出てきたし、人権云々で要求を聞けば票も獲れる。
成熟期では政府が金を出すばかりではダメだろうと、問題の質へと移行してきた。
やまがたさんのはそういう流れも含めての「世間」ではなかろうか。
だからもし日本がどういうわけか高度成長期になって政府が金をガンガン動かしても
いい時代がきたら世間に自己責任論は出てこなくなりまた政府に要求するのが当たり前になるかもね。
人々はもうそういう社会は望まないのじゃないかと思いますが。

自己責任論を否定する方たちはどうも一昔前の左翼的要求というか、とにかく
政府がなんとかしてくれるというような依存体質があり、
解決していくのは自分たちだという当事者意識が薄いように感じます。
金さえ出せば問題解決?んなわけないでしょう。
ちゃんとどこが問題か説明して個人に寄付してもらうくらいの活動にしていけばいい。
そうすれば政府にしかできないこともわかってくるはず。


そもそもの議論  : yuco id  (reply, thread) - Sat Jul 24 05:28:20 2004 [reply to]

http://be.asahi.com/20040515/W12/0025.html
>ぼくはイラク邦人誘拐事件で、人質たちの自己責任の否定論に驚いた。

とありますが、一般的に自己責任論といわれていたものは、元人質に対して救出の努力は必要ないとする論、あるいは救出にかかった費用の補償を求めたものだと思うのですが、違うでしょうか。このコラムでは「自己責任の否定論」を否定しているわけで、自己責任論を肯定しているものと思いました。

続くコラム中にも、
>自己努力をさぼってプールを浪費したがる個人は拒絶するか、プールの目減り分の一部負担を要求するのが正しい社会運営だ。

とあるので、山形さんは人質を救出せず無視するのがよいと考えているか、救出した後ならば、元人質に補償を求めているのだと読みました。それがゆがんだ受け取り方だとも思いません。

これは、A説とB説のどちらがよいか話し合いましょう、という種類の提案ではなく、山形さんが片方の説を推している文章だと私は読みました。また、その後の部室での議論もあわせて考えると、その説を推す根拠は世間の気分とか世論とかであると。

http://ruitomo.com/~hiroo/bbs/kohobu0070.html#kohobu20040723140414
>正当性がある以上、そうした考え方を感情的に切り捨てるのはよろしくなくて、最終的には民主的なリソース配分の決定の中で検討に含めるべきだ

しかし、この投稿では、「世間ではA説ばかりが唱えられているが、B説にも正当性があるので、A説とB説でどちらがよいか民主的に決めましょう」という提案が、そもそもの山形さんの意図だった、と説明されているようです。この場合、民主的に話し合った結果、イラク元人質のような人にリソースを割くのが正しいとなったら、それを受け入れる、ということになります。

そう考えれば「圧倒的多数であることなんかに依存していない」「山形さんの意見を、『人質になった人に金銭的補償を求めるいわゆる自己責任論』だと考えるのはゆがんでいる」という意味も分かります。

私には、朝日新聞コラムを書いた時点での山形さんの真の意図はわかりませんし、それを問題にしても意味がないと思います。

したがって、私は朝日新聞コラムはB説を推している文章だ、という風に受け取ったし、この記事へのネットでの反応を見ても、同様の受け取り方をした人がかなりいた(読んだ人全体に対する多数派かどうかは分かりませんが)という指摘だけしておきます。


   :   id  (reply, thread) - Sat Jul 24 05:09:12 2004

>一部のエリートが「ふふふ、下々の連中はこの程度のウソでだましておけばいいのだよ」と言う嫌らしい図式
にはまってるのが実は山形なのだということは、今月のサイゾー連載を見てよくわかった。
それは収穫ではあった。


何でだろう  :   id  (reply, thread) - Sat Jul 24 05:06:37 2004

山形自己責任論に懐疑的な人は、誰も宮崎や宮台には言及せずに議論しているのに、
サイゾー連載では勝手に彼らの話を下敷きにしてると断言されてたんだよな。
そんなこと全然ないのに(大藁

党派的な思考に一番縛られているのが山形なんじゃないの(藁藁


勝手に一般化して解釈するのはやめてほしいな。  : 山形 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 03:58:33 2004

>「世間が障害者に冷たいのは福祉関係者の努力が足りないことが多々理由となる」

こーんなことはだれも言ってない。勝手に曲解していじけるのはやめましょう。 ここでの話は障害者支援の話であって、障害者そのものがどう思われてるかなんて 知ったことじゃない。

>単に、「山形氏の発言は、障害者の自立支援を打ち切る口実として援用可能」
>と言いたかっただけなのに。

うそつけ。あなたの言ってることはそれだけじゃない。「世間が障害者自立支援をあまり評価していなさそうだ」 という話を持ち出し、世間的に評価されていなくても障害者自立支援を切り捨てるのは いけないことだ、という主張を暗黙のうちにしたのはあなたです。卑しい責任逃れは やめましょう。さらに、ある議論がある目的に使われる可能性がある、ということと その正当性とはまったく別の問題。

>本音では、「ムダだから障害者にカネなんかやるな」と、
>思っている方は大勢いるのでしょうね。

そしてここであなたの本音が出る。自立支援って、障害者に金を恵んでやる ことじゃないでしょうに。でもあなたにとっては、そういうものでしかないの ね。


議論白熱してますね  : ILP id  (reply, thread) - Sat Jul 24 03:12:36 2004

>障害者の自立支援といえば世間の意向とはまったく無関係に神聖不可侵な扱いが受けられるべきだと思ってはいけません。それは福祉関係者にありがちな傲慢さです。その傲慢さが往々にして自分たちの活動の効率化やその成果の見当評価の努力を怠る結果を生み、ますます世間的な理解を得られにくくしてしまい、それがさらに「あたしのやってることは特別」という傲慢さを生む、という悪循環に陥っている場面が多々あることは認識する必要があります。

>世間が障害者自立支援をあまり評価していなさそうだと思うから(これが事実かどうかぼくは知りませんが)、世間の評価が反映されないようにしろというのは本末転倒です。なぜ世間の評価が低いのか考えてみることが重要ではありませんか。自分の活動が、切り捨てられても仕方ないような無意味なものだというのを見たくないがために人を攻撃するのはやめましょうね。それに世間をそうそう見下しなさんな。あなただってその世間の一部なんだし。

なんか山形氏によって一方的に貶められてますね。
私は、「自分の活動が、切り捨てられても仕方ないような無意味なものだというのを見たくないがために人を攻撃する」人間で、「世間を」「見下し」ている人間だったんですね。がーん。
それから、福祉関係者にもいろいろいるわけで、そんなひどい例を一般化されてもなあ・・・。
はっきりいって、議論には全く必要のない悪意がぷんぷんしてます。
つーか、「世間が障害者に冷たいのは福祉関係者の努力が足りないことが多々理由となる」なんて、
無茶な極論だぜ。これはひどすぎる。山形氏の見識を疑うね。

単に、「山形氏の発言は、障害者の自立支援を打ち切る口実として援用可能」
と言いたかっただけなのに。
「頭に血が上ってる感じだが」さんも、障害者自立支援はムダかもと認めてくれてるし。
きっと、本音では、「ムダだから障害者にカネなんかやるな」と、
思っている方は大勢いるのでしょうね。「興味がない」さんみたいに。
だから、援用可能であれば、援用するやつも出てくるかもね。
山形氏はそれでいいのか(もしかしたら「それでもいい」のかも、とちょっと思う)。


出発点  : 山形 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 02:44:09 2004

>民主主義が成立するためにはきっと、自由意志を持った独立した個人みたいなもの
>が必要で、そういう個人を確保するためにも最低限の人権は要請される。そんな
>人権を否定する民主主義は、たんに自己矛盾しているのであって、民主主義の自殺
>なのだと思いたい(甘いか)。

いやその通りだと思います。どっかで何か出発点を(へたすると恣意的に)設定しない と、民主主義も成立しないでしょう。アメリカの独立宣言は、それをあっさり「自明だ」 と片づけています。

そして人権がすべて民主主義に先行するわけでもないし、段階的な権利体系の構築と いうのは 自然な発想だと思います。

で、ぼくは稲葉氏が紹介しているような「よくできたウソ」的な手口は嫌いです。 それは一見するとリアリストっぽい気がしますが、よく考えてみれば実は一部のエリートが「ふふふ、下々の連中はこの程度のウソでだましておけば いいのだよ」と言う嫌らしい図式です。みんなウソを承知で芝居を打ってる訳じゃない。多くの人は本当にそのウソとやらを信じているのです。それはそのウソを知って いる人たちを功利主義的なニヒリズムに追いやって堕落させる議論だし、知らない人々を愚弄する議論だと思う。

ぼくは自分の devil's advocate がそのまま使えるとは思っていないけれど、でも ああいうのは欲しいと思う。デネットの Freedom Evolves の議論に納得はできなくても 惹かれるのは、まさにそのせいなのです。


古典的な立場は現代的なのでせうか?  : 地祇 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 01:46:57 2004 [reply to]

 おお! いなば大人が降臨しておられる。いろいろなご教示感謝です。前回ちゃんと長谷部氏の名を書いておられたのに、読んでいない私は不勉強です。ごめんなさい。
 しかし、民主制の暴走に立憲制でタガはめるというのが、よくわかりません。そうだとすると、民主主義は憲法や法制度に先行して、ないし、独立して存在すると想定しているのだろうか。また、そうでないとしても、民主主義にタガをはめられる根拠は何なんだろうか。少なくとも私は、神の意思や、自然法や、自然権というものが信じられないのです。
 また裁判所が議会に優越するのは、どうなんだろうか。外国のことはしらず、日本の裁判官は一種の官僚にすぎないわけで、彼らに国民の意思を踏みにじらせてよいのだろうか。国民よりも上位に立つ存在を認めるのか。
 たとえ人権を自然権ではなく、虚構であり「善なる嘘」と考えるとしても、それを「善」と判定する根拠はなんなのだろうか。
 実は、こういう点こそが、私が山形さんの「Devil's Adovocate」にある意味賛成してしまうところなんです(山形さんは実は違う考えなのかもしれませんが)。
 私個人は、可能ならば、人権はあくまで民主主義と相補的に考えたい。民主主義が成立するためにはきっと、自由意志を持った独立した個人みたいなものが必要で、そういう個人を確保するためにも最低限の人権は要請される。そんな人権を否定する民主主義は、たんに自己矛盾しているのであって、民主主義の自殺なのだと思いたい(甘いか)。それ以上の権利は、民主的な合意で拡張していけばいいのではないかしら。
 
 


で、話かわると  : 崎山伸夫 id  (reply, thread) - Sat Jul 24 01:21:12 2004 [reply to]

「民主的に」言論の自由を「自由に」制限できるというおめでたいことをあからさまに述べる人が結構支持されてしまうという日本の民度のあまりの低さにあきれて忙しさにかまけてblogの更新がとまったりしてますです。はい。


Devil's Advocate  : まか2001 id  (reply, thread) - Fri Jul 23 23:48:22 2004

↓と言えば、同名の画集があるのですが、御存じでしょうか?

http://www.presspop.com/shop/import_artbook01.html

このサイトのリニューアルデザインを、私やりましたです。
昔、山形さんがカットで紹介していた雑誌のジャイアントロボットも
(最近のカットでは、まぁ、そんなに面白い雑誌ではなくなったやも
というような文章を書かれてましたが)本当は取り扱い商品の
中にありますが、工事中で、今の段階では、直接は買えないみたいです。

ちなみにジャイアントロボットの大本のサイトはこちら↓
(雑誌通販コーナーあります。)
http://www.giantrobot.com/

でも、他にも面白い商品ありますので、(映画『ゴースト・ワールド』の作者
ダニエル・クロウズの漫画とか色々)御用とお急ぎでない方は一度
目を通して見て下さい。

活発な議論中、お邪魔いたしました。

リソースねぇ  : 興味がない id  (reply, thread) - Fri Jul 23 23:36:31 2004

>一定の割合で子供が障害を持って生まれてくることや、事故や病気で誰でも後天的に障害を持つことがあるわけだから、障害者への国のリソースを使った自立支援は、障害者自身以外の人たちにもセーフティー・ネットにはなると思います。そういった相互扶助を社会の豊かさの指標として、考えることもできないでしょうか?

後天的に障害を持つ人に対するケアは分からないでもないが、それがセーフティネットがどうという前にトレードオフとなる他のリソースとの相対的な価値を考えないと話にならんと思うよ。その前に失業者はゴロゴロ公園で寝てるわ生活保護で大量の無職がわんさかいる、それへの対策にまずリソースを割いた方が効率的だろ。


割と古典的な立場だと思うんだが  : いなば id  (reply, thread) - Fri Jul 23 22:35:09 2004 [reply to]

最近では長谷部恭男が『憲法と平和を問い直す』で提示していたような立場が念頭にあります。民主主義の暴走を防ぐために立憲主義でタガをはめる、というのは、『憲法論』でのシュミットも敵としての近代法治国家・立憲主義をそういう風に理解していたし、ハイエクなんかもうそのまんまですな。下手をするとハイエクにとっては議会より裁判所が偉いわけだ。もちろんリベラル憲法学者にありがちな司法積極主義じゃなくて、違憲審査制のある最高裁ではなく、コモンロー裁判所なんだけど。(似たようなことは最近ポズナーも言ってましたな。池田信夫たんが紹介していた。)
で、具体的な立憲主義の核が何になるかは、バリエーションがあるけど、近代法治国家の場合は普通「人権」が来る。ハイエクとかポズナーの場合は「人権」よりもっと古典的な私権になるわけでしょうか。

長谷部恭男を読んで気になったのは、しかし、明らかに「民主主義の暴走を抑制する立憲主義」論を立て、かつ立憲主義の核に「人権」概念を持ってきてるんだけど、この人少なくとも実体的な自然権としての人権は信じていないのね。発想としてはルーマンがかつて言っていた「制度としての基本権」、つまりシステムをうまく働かせるためのデバイスとしての「善なる嘘」という感じですか。
天下り的に「人権」がまずあって、「民主主義の暴走」をイコール「人権の蹂躙」と定義するのが一番楽なんけど、それとはちょっと違うイメージをどうも長谷部さんは持っているような気がする。つまりとりあえず「人権」概念抜きに「民主主義の暴走」を定義して、それを防ぐためには「人権という虚構」が役に立つ、という議論を実は展開したいんではないかな、と勝手に解釈しているのだが。


社会的合意の内に・・・  : 富士岡 id  (reply, thread) - Fri Jul 23 22:30:16 2004

 自己責任論にも大いに関わることですが、障害者の自立支援について。  一定の割合で子供が障害を持って生まれてくることや、事故や病気で誰でも後天的に障害を持つことがあるわけだから、障害者への国のリソースを使った自立支援は、障害者自身以外の人たちにもセーフティー・ネットにはなると思います。そういった相互扶助を社会の豊かさの指標として、考えることもできないでしょうか?  障害者との立場の互換を自然に考えられるような社会であれば、いいんです。が、同調圧力ですかね。    そのような価値判断も長期的な国民的合意で決まるのだ、といえばそうなんです。ただ、民主主義は手段であるにすぎないのではないかな、と思います。大事な大事な手段ですが、単なる多数決であってはならないでしょう。  憲法13条に明らかなように、立憲主義の本懐(個人の尊重)≧民主主義的価値判断(公共の福祉)が原則なのでは?    あと、セーフティー・ネットに税金を出す国民としては悪質なフリーライダーに注意したり、制度や個々の支援の達成度をしっかり測ることはすべきだとは思います。


そもそも  : デモクラット id  (reply, thread) - Fri Jul 23 21:55:53 2004

>民主主義って大雑把にいって、討議を通じて合意形成をめざし
この観点から顧みても、山形が気分を根拠にして自己責任を求めたのはおかしいのだよ。
討議以前の問題だから、気分って。

あと、気分を根拠に持ってくると、「討議を通じた合意形成」をすっとばして多数決にもちこめるから、結果としては民主主義的な手続きを踏んでいるようで、実はそうならないという進め方を首肯しかねない危うさもあるんだが。

リソース論でその部分を測定できるというのが山形の主張なんだろうけど、それは合理主義的ではあっても民主主義的ではない。
山形自己責任論の瑕疵は、人権を持ち出さなくても明らかだから批判を浴びているのにね。


あわてて追記  : 地祇 id  (reply, thread) - Fri Jul 23 21:48:48 2004 [reply to]

 山形さんのばかり読んで、いなばさんの大もとのをちゃんと読んでいなかったんですが、そもそもは人権と民主主義じゃなくて、立憲制と民主主義だったんですね。しまった。
 ということは、民主主義、民主主義といったって、「法律は国会で定める」とか「議員は投票で選ぶ」とかいう民主主義の規定が憲法になければ、民主主義なんて成立しないのだから、立憲制は民主主義に優越する、ということなのかしら、いなばさん?
 そして、その民主主義に優越する憲法が「人権を大事にせい」といってるんだから、人権は大事にしなくっちゃ、とつづくんでしょうか。
 とはいえ、憲法自身が民主主義的な手続で憲法を改正できると定めているんだから、ある意味、民主主義は憲法に優越しているともいえるわけで、でも、その改正手続も憲法が定めているのだから……、うーむ、見事な無限後退に陥ってしまう気がする。
 


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