なんか個人的には「環境本」も記憶の彼方に行きつつ&量あたりのtypoの少なさに個人的に
にやにやしてるっていうのはありますが(厚い本だし指摘がくるのはこれからかな?)
ちなみに自分のことですが、サイトをベッコアメからここへ変更したのでお知らせを。
で、「環境本」への反論の方はなかなか無理やりな感じも。
A君:だから、例えば核融合なる技術が将来できるから、化石燃料を好きなだけ使って経済発展をして、「すざまじい量の技術的な財、知識、資本を開発して、ほかのエネルギー源をもっと安く使えるように」、などということが起きるとは保証できないですね。
B君:ロンボルグの論理の間違いの原因は、ここだろう。要するに技術に対する見通しが甘い。「保証」とか「論理の間違いの原因が、技術に対する見通しの甘さ」なんて、 偉そうに断言しないほうがいいのに。
ぜんぜん知らなかったです。URLに pl とあるので、ポーランド語だったら読めないなあと思いながら恐る恐るクリックすると、In English が・・・ほっとしました。意外だったのはレムの Official site なのに、アクセスが16万強しかなかったことです。そんなもんなんでしょうか?
そもそも、ぼくのような平民が地球環境などに関心は抱けないのであります。 それが”正しい感覚だよ”っと、ロンボルグさんは書かれていたので、つい丸善で多額な出費をしてしまいました。
出てます。送料や振り込み料まで考えると実質4000円強になって、そんなに割安でもありませんが…… http://www.easyseek.net/item/13074112/
それじゃ誰のため/何のために裁判をやってるのかわからんじゃないですか。
もしかして最高裁判所の裁判官って、そういうのを繰り返してのし上がったんですかね。くわばらくわばら。
こんど実行される司法改革ではこの辺はどうなるんでしょう? > 詳しい方
争点整理もさることながら、日本の裁判の機能として、判決出して白黒つけるより 時間かけて和解にもちこませる、というのがあるようです(民事の場合)。そのほう が裁判官のポイントが高いのだとか。したがって、審理より時間をおいて頭を冷や させるほうが重視される、ということのあらわれかもしれません。そのために、 弁論なんかどうでもいいや、ということになるのかもしれません。 聞いた話では「和解に応じないと、あんた敗訴にするぞ!」と脅して無理矢理 和解させるツワモノ裁判官もいるとか。こわいっすねー。
そういう「準備書面交換してオシマイ」型の審理が良くないってんで、
いろいろと改正したと言うお話が教科書とかにはよく出てくるのですが、
ぢつはあんまり変わっていないのですかね。
つまり、争点を整理しおわるまではやっぱり準備書面の交換が主になる、ということでしょうか?
環境自由大学 青空メーリングリスト でちょこっと話題になってます。 翻訳前 http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/mllogs/bluesky/idx43.html #4295 http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/mllogs/bluesky/idx44.html #4312,#4315,#4317,#4318,#4400 翻訳後 http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/mllogs/bluesky/idx53.html #5202-#5205
無意味と言い切ると語弊があるかもしれませんけど、名誉毀損に限らず一般に口頭弁論では「準備書面の通りで結構です」という陳述をして、次回の期日を決めておしまいという感じですね。ですから、「準備書面に否認の理由を記載しなければならない」という規則ができるということは、口頭弁論でも積極否認が要求されているのとほぼ同義なわけですね。
毎度勉強になります。ちょっとずれますが、口頭弁論ってそんなに重要なんですか。 ぼくの裁判のときには「口頭弁論なんかほとんど無意味で、記録さえとられない」と 言われて、2-3分でも議論があると「今日は長かった」と弁護士さんに言われてましたが。名誉毀損の裁判だから、なんでしょうかね。
>それから民訴規則のほうは、準備書面についての条文なので、
>裁判所の法廷で単純否認することまで否定されているわけじゃないですね。
おっしゃる通りです。ただ、口頭弁論は、準備書面にそってなされるのが通例ですし、また工業製品の特許やプログラムの著作権なんかで細かい技術が争点になってくると、準備書面が重要になります。したがって、民訴規則79条3項が準備書面についてのみ積極否認を要求するものであっても、実際には口頭弁論も拘束されることになると思います。
>規則の条文はたしか、訓示規定だったと思います。
>単純否認でも、その効果が否定されるわけではない。
>著作権法の方は、積極否認じゃないと否認の効果が認められない(=自白)
>というふうにも読めますね。(ま、解釈次第ですけど)
著作権法の解釈については、運用が始まっていないのでひとまず置いておくとして、特許法については、条文上は、違反しても制裁規定は無いですし(改正案の段階では制裁規定を置くことも検討されたらしいです)、また104条の2の但し書きにあるように、被告に「正当な理由」(営業上の秘密など)があれば具体的な開示を拒むことも認められています。ですから結局、被告が否認する場合に自己の製品についてどこまで具体的な説明が要求されるかは、裁判所の訴訟指揮によるところが大きいと思います。これはおそらく著作権法でも同様だとは思うのですが。
以前、新山さんが書かれたレポートを読んで実際にどの程度のコストがかかるんだろう、と思ってたんですが、こんな記事が出ました。 これを読む限り、単純計算では1ノードあたりのコストって20ドル以下になるんですけど、このレベルならまだ許容範囲かなと思ったり。 もっともこのコストには、移行に伴って発生する損失とかは入ってないと思われるので、実質的にはもっと大きいと思いますが、 それより重要なのは移行のタイミングのほうかも。
遠い昔、といってもほんの数ヶ月前のこと、ここでblogが紹介され
たときに、「つまりそれって従来のWWW日記とどう違うわけ?」
といった反応があったように思います(うろ覚え)。ぼくはblogは
自分ではやらないのですが、最近、携帯から直接WWWページに書
き込む手記をつけるようになって、あ、この感じは日記と違うなと
思ったので、ちょっとここに書きとめておきます。
日記では、書いた日時もしくはできごとの起こった日時を書き入れます。いっ
ぽう掲示板やblogでは、文章が打ち込まれた日時ではなく、それが送信され
公開された日時が添えられます。つまり、いつ思いついたかよりも、いつ公開
されたかのほうが重いわけです。その意味ではblogは日記というよりもむし
ろ(英語本来の意味での)「マニフェスト」に近いんじゃないでしょうか。そ
して、blogにハマる感覚もまた、日記よりもマニフェストの快楽に近いん
じゃないかなと思いました(内容がひとりごとの形であれ問いかけの形であ
れ)。
逆に言うと、それが「日記/diary」という呼称で呼ばれるかどうかよりも、
そこに記されているタイムスタンプが、どのような行為の日時を示しているか
のほうが重要なんじゃないかなと思いました。
げ。知らなかった。 http://www.lem.pl/
アメリカが昔、100%森だったとかいう信念はなんとかならんものか。 バッファローは森の中を走っていたとでも思っているんだろうか。
安井至氏によるロンボルグ本の概要が出てます。
手に汗にぎる、良い映画でした。 知り合いが「これは『魔女の宅急便』のリメイクだ」と言ってましたが。 (元)漫画家の澤井さんもほめておりやす。 http://www.uppers.kodansha.co.jp/manga/bichi/bichi60.html 澤井さんの他の映画評も面白い。 http://www.uppers.kodansha.co.jp/
規則の条文はたしか、訓示規定だったと思います。
単純否認でも、その効果が否定されるわけではない。
著作権法の方は、積極否認じゃないと否認の効果が認められない(=自白)
というふうにも読めますね。(ま、解釈次第ですけど)
それから民訴規則のほうは、準備書面についての条文なので、
裁判所の法廷で単純否認することまで否定されているわけじゃないですね。
ブルークラッシュが、ぼくの信頼する筋でどこも話題にすらなっていないのはなぜだろう。女の子サーフィン映画。かっこいいしかわいいのに。ただし飛行機の中で見て、最初と最後は見損ねているのだ。
ふむ。なるほどそういうことか。よくわかりました。ありがとうございます。 次回で訂正を出さねば。 ハリポタ五巻を読み始めましたが、分厚い…… 当分他のものは読めそうにない。
山形さんのコラム「著作権の「危機」って何だ」の件、自分も気になったんで、いろいろ調べてみたのですが、厳密な議論をすれば、
今回の改正では、「ぼくの作品は、あなたの作品とは関係なく作られました」と示す必要が出てきた。
今回の改正では、「ぼくの作品は、あなたの作品とは関係なく作られました」と示す必要が出てきた。
内田樹インタビュー http://media.excite.co.jp/book/interview/200306/p04.html (ページのいちばん下の方で、ほんのちょこっとプロジェクト杉田玄白のことが出てきます)
粥川準二氏が「まれに見るバカ女」にちょっとだけ関係して、日記で下のような文章を書かれています。
みずもり亭日誌 貧乏フリーライターが仕事を選ぶ基準とは?
ありゃ、そんな風に取られていたのか…
これは僕の文章力の無さですスイマセン。
主張はしてなくて、質問しかしてないつもりでした。
なんか盛り上がったのと、質問の意図が分からないと書かれていたので、お礼を兼ねて書き込んだのですが、誤解を招いたようで、本当にごめんなさい。
そして、「質問の意図は」で、書いたのは例えばこんな解釈もありえるなぁ、と言うのを一部列挙しただけで、そう受け取ったという意味では有りません。
それで、「質問の意図は」で、そっかぁ単純に依頼されたから書いただけなんですね。
分かりました。そー言えば山形さんって、ああ言う書き方が芸風でしたね。
という主旨で書きたかったのです。
いきなり読解力が無いとか言われちゃったので、ちょっとムッとしてしまいました。
大人気ないです。本当に重ね重ねすいません。
もちろん最終的にそれは個々の読者にご判断いただくことです。が、あらゆる読者に完全に 通用する文というのはあり得ないのです。したがいまして、たまたまあの文がご自身の理解 の範疇を超えるものであっても、それは必ずしもぼくの文章力の問題ではないと考えます。 残念ながらまさや様が、ぼくの想定していた読者のカテゴリー外だったというだけのことです。 またまさや様は、ぼくのつけた最初のコメント(別に文章は、「噛みつかずにはいられない」 といった義務感で書かれるものではないということ)を理解できていないことを露呈して おられますね。ぼくはそこからこの読者の読解力について、ある種の判断を下します。さら にあのぼくの主張のまとめは、少なくとも手元に届いた各種のコメントを見る限り、他の人 はしていない種類の誤解と、そして名無し三等兵氏の指摘なされたのとはちょっとちがう (でもかなり似た)意味での「イデオロギーがらみ」のバイアスがかかっています。 さらにいえば、ご自分の最初の書き込みでの主張と二回目の主張とがずれていることにお 気づきでしょうか。 たぶんまさや様は、自分の感じてらっしゃる不満とご自分のイデオロギー的な前提を、 ご自分でも良く理解できていないのだとぼくは判断しています。 もちろん、世の読者のほとんどがまさや様的な水準とイデオロギー的な嗜好と前提をお持ち なのであれば、マーケティング上の問題として文章の書き方を変える必要があるでしょう。 でも、そうではありませんでした。そこそこの市場はとれたと思います。したがって今回の 件は、ぼくの文章力ではなく、読解力、というのがアレでしたら、まあある種の感受性の 問題だと考えております。 いずれまたまさや様の感受性にも合致する文を書くことはあるかと存じますので(それも かなり近々)、その節はまたよろしくお願いいたします。
別に山形さんと喧嘩するつもりは無いんだけど、山形さんの文章力には問題ないの?
かなりあなたの読解力が低いせいだと思います。残念ながら。ここに挙げたどれ一つとして あたっていません。だからこそ、あなたはどっちとも判断がつかないのです。
山形さんが香山リカさんの何を批判批評したいのか、よく伝わってこなかったからでした。
下手糞な理屈の文章書くな。
ナショナリズム批判をするな。
ナショナリズムじゃねーだろ。
香山リカが嫌いだ。
香山リカを応援してるぞ。
どれでも有りえるし、どれなのか分からなかったので、質問になりました。
山形さん>あと、あれは書いているうちにふだん彼女の文に感じていた不満をきちんと
整理できていて、非常に有意義でした。
ありがとうございます。このご発言で分かりました。
山形さんってああ言う文章(共感してもらえるならテキトーな理屈でもOK)に、必ず噛み付く人なんだって事に。
そーゆう事をあまりしない、山形さんの文章が好きで読んでた。と言う事にも気が付いた。
変に深読みしてしまったようです。お騒がせしてごめんなさい。
>考えすぎでしたね。 いえ、だいたい当たってます(汗 >すると香山氏が「親和性」をもつという「負け組」はどんな人たちなんでしょう。 恣意的なだけで考えるだけ無駄だと・・ いえ有意義な場合も・・ では観戦者に戻ることにします。失礼しやした。
>第7回 なぜナショナリズム批判か、って・・・ (2003/05/19) > >世間の流れや若者の言動を見ていて「これは違うでしょう」と思ったから本にしただけで、…… >「前の『ぷちナショ』は、私自身がよく知るサブカルチャーとしてナショナリズムをとらえましたが、 >今や社会の『ど真ん中』の問題。かつてリベラル派と言われた人が、今、沈黙している。愚直でも、私の思いを語りたい」 http://www.caravan.to/kayama/ 香山氏は「負け組」に親和性があるせいで反・保守的な態度になる自分に納得してるんだけど、 「歴史も国際情勢も知らないコドモやオバハン」や「学生運動の生き残り分子のオッサン」 ばかりの最近の反・保守とは一緒にしないでね、ってことみたいです。 すると香山氏が「親和性」をもつという「負け組」はどんな人たちなんでしょう。
「ただ感想を言ったつもりだったんだけど」という意図は十分伝わっていると思い ますよ。そのために「実際に読んでみて」だとか「必要性を感じなかった」という エクスキューズを入れられていたわけでしょうし。でもそれって「そう感じたんだ から仕方ないだろ」といってるのと同じなんですよね。 そして私が問題にしていたのは、そういうエクスキューズを事前に用意する意図の ほうでして、事前に反論が予想できて、それに自分が正面から答えられないという ことを見越してまで発言しているということは、何か別の動機があるのではないか と思ったんです。要するに、本当は「別冊宝島みたいな基地外ウヨ坊の雑誌に記事 を出すな」とおっしゃりたかったのではないかと推察したわけですが、考えすぎで したね。
>香山自身への批判をかわそうとしていると >見るのはひねくれすぎでしょうか。 確かにそう見られてもおかしくないですね。 そういう意図は無かったんです、こちらの言葉足らずで失礼しました。 自分としては見ていて楽しいんだけど あまりに見慣れた光景になった気がして お昼のワイドーショー的に感じちゃったんですよ。 それで「内容を真に受ける人ってごく少数じゃない?」 こういう言葉が出たんだけど、失言でしたね。 もちろん自分が賢いと思って言ったつもりもありません。 すいません。 まさやさんがどういう意図で書いたのかはわからないけれど 自分は別に批判したつもりはなくて ただ感想を言ったつもりだったんだけど そう受け取られても仕方なかったっすね。
>ほとんどの人がそれをネタとしておもしろおかしく読む本として扱ってると >思うんだけど いいえ、あなたは賢いのでしょうけれど、多くのあれを真に受けている人は多いの ですよ。同じぷちナショナリズムねたで、同じ新書シリーズで福田和也との対談が 出たのは、ネタとしておもしろおかしく、こんどは掛け合い漫才仕立てにしてやろ うという腹だとでも? あと、あれは書いているうちにふだん彼女の文に感じていた不満をきちんと整理でき ていて、非常に有意義でした。それに何をご心配なさっているか知りませんが、ぼくが 世評を気にして書く文をあれこれ塩梅するとでも思っておいででしょうか?
内容に問題はないが、あんな仕事はあなたにはふさわしくないという。こういう 批判ってどんな返答を期待してるんでしょうか。まさか本人が「そういえば私には ふさわしくない仕事だったかも」とはいわないだろうし。 内容に問題がなくて読んで楽しかったのならそれでいいと思うんだけど、それでは 済まないのには何か別の理由があるのでしょうか。 批判の前提となっている「ほとんどの人がネタとして楽しんでる」というのは それほど自明なことですかね。メディアでの扱われ方を見ても到底そのような認識が 広がっているとは思えないし、「ネタとして楽しむ」という読み方自体一般的では ないような気がしますが。 香山自身もわかった上で書いているという根拠のない好意的解釈も不自然ですね。 香山の書いたものと人格を分けることで香山自身への批判をかわそうとしていると 見るのはひねくれすぎでしょうか。 こういう妙な批判の仕方をする場合は大抵がイデオロギーがらみです。前にチョム スキーが話題になったときもそうでしたが、批判の動機となっている自分の思想的 立場を隠そうとすると、どうしても妙な理屈になってしまうというパターンです。 まさやさんや山田さんは否定されるでしょうが、そう見えることもあるということで 平にご容赦を。
僕も山形さんからすすんで批判する必要性を感じなかった。 だってさ「ぷちナショナリズム症候群」なんて名前の本を読んで 内容を真に受ける人ってごく少数じゃない? ほとんどの人がそれをネタとしておもしろおかしく読む本として扱ってると思うんだけど >依頼があって、書ける内容で、ほかに >指摘している人がいないから書いたのです。 生活の為なら仕方ないと思うけど こういう仕事が山形さんの評判を悪くするのだと思いますよ 読んで見て楽しいのは事実なんですけどね 「彼女のやりたいことは本当にこんな、思いつきの垂れ流しだけなんだろうか。」 彼女と言いつつ、実は自分は自問自答だっていう・・・・
そんな義務感で文章を書いてはおりませぬ。依頼があって、書ける内容で、ほかに 指摘している人がいないから書いたのです。 マトリックスは、そこまでシニカルな終わり方ができたらW兄弟を尊敬しちゃいます。
アクションシーンだけじゃなくて、集団で踊ってるシーンとそれに続くラブシーンも無意味に長かったような。それはともかく、 テレビゲームみたいな強引なストーリー運びとか、露骨な伏線はりまくりとか、 たしかにつまらないのだけど、これってわざとなのかもあなぁ、とも思えてしまうのがなんとも。映画全体が次回予告みたいという気も。まぁ、私は7/1に1000円で見たので許容範囲。
次回は、無限パラレルとか共生とかでもなくて、無限に重なるバーチャルリアリティ階層、という出口無しの絶望に落ち込んで終わる、というのもありえるかなぁ、とも。 あぁ、その絶望をふまえて共生に至るというのもありえるか。
香山リカさんの文章って、山形さんが批判するような理屈で批判しなきゃならない文章 なのかなぁ? 香山リカさんって、単純に読者層に合わせて書いてるだけなんだと思っていた。 世知辛い世の中です。ついてけなくなっちゃた人に、「そーゆう人いっぱいるんだよ 安心しなよ」ってな程度のお話だと思って読んでました。 山形さんが、「批判せねば」と思った理由が分からない
腑に落ちないので、家に帰って辞書を引いてみると、
reload=再び荷を積む、となってました。
事前に(2作目だと)調べておかなかった私も私でしたが・・。
本編(一作目)を見ていないので、全く訳が分からず、
最後の「次回完結!」でやっと「2作目だったの!」と気づく有様。
スター・ウォーズの2作目をテレビで見たときも
「そんな・・・(次も見なくちゃいけないの?)」
と思いましたが、そんな感じです。
稲葉先生の書き込み見てると、「ナウシカ」も読み直したくなりますが、
個人的には、岡山に行きたくなります。週末で天気も良いので。
私は山道とか広域農道とかをのんびり行くのが好きでしたが、
岡山大学のそばを行った時、稲葉先生は本当にいらっしゃるのか、
津島モールのツタヤでビデオとか借りられているのか、
本屋に行くときは、丸善から表町に入るのか、真ん中の紀伊国屋からか、
買い物はマックスバリュー派か、イズミヤ派か、と間抜けなことを思っていました。
(↑岡大生とよく遭遇する場所だったので)。数年前のことですが。
東さんは慶應大学の講演で、右傾化してるのは若者ではなくむしろ香山リカや福田和也の世代だ、と言ってましたよ。
母乳での含有量減には脂肪摂取減らせ 2003.07.03
米科学アカデミーは1日、母乳に含まれるダイオキシンを減らすため、女性は早い時期から脂肪をとる量を減らすべきだとする報告書を発表した。
同アカデミーは、ダイオキシンが蓄積しやすい脂肪を多く含む食品の摂取を減らす施策を進めるよう政府に勧告。「特に胎児や乳児への影響が懸念される」として、将来、子供を産む可能性のある若い女性や子供に焦点を当てた対策を求めた。
報告書は、ダイオキシンやジベンゾフラン、コプラナーPCBなどの有害化学物質は脂肪組織に蓄積しやすく、魚を多く食べる人や母乳を飲む乳児の摂取量が多くなる、と警告。「将来、母乳で子供を育てる可能性がある女性は、早い時期から、低脂肪乳や脂肪の少ない食品を食べるよう心掛けるべきだ」とした。
家畜に動物性の脂肪を含んだ飼料を与えることを避け、家畜の体内にダイオキシンが連鎖的に蓄積されないようにすることも勧告した。
報告書は「低レベルのダイオキシン摂取が、どのような健康影響を与えるかについては不確実性が大きい」として、食品経由の削減対策を法律で義務付けることについては慎重な姿勢を取った。(ワシントン共同)
[毎日新聞7月3日] ( 2003-07-03-10:41 )
http://www12.mainichi.co.jp/news/search-news/881109/83_83C83I83L83V8393-0-1.html
米科学アカデミーってのは立派なんすよね?←盲目的権威主義かな
アメリカとか諸外国では日本と比べて、どの程度ダイオキシンが問題視されているんだろう。あと食料品医薬品の許認可問題でもFDAと厚生労働省の違いがあるのは何なのかな?実験方法とかは同じなんだろうに。以前毎日新聞(毎日新聞は環境問題と健康問題が他社に比べて多い)で、ガンに効く食品群をピラミッド型に分類してたけど、それに対し専門家(日本の)が「このデータはアメリカの学会が作成したもので、被験者もほとんどが欧米系だから、アジア系にそのまま当てはまるとは限らないから参考程度に」みたいなこと言ってたけどそういうこともあるのか。
明日は休みだし、いなばさんの名前を観たので最近買い集めた『ナウシカ』でも読もうと思います(通算3回目)。1回目の時はサッパリ意味が分かりませんでした。で、すぐに続けて2回目を読んで、「おお!とにかくスゲー」と言語化を試みずに衝撃だけを受け止め、借りていた友人に本を返しました。今から2,3年前のことです。
正直言いまして『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』窓社(1996)は読んでいません。が、ネットで公開している『季刊窓』第22号(1994)の冒頭付近の
「しかし、とにもかくにもマンガ『ナウシカ』は完結した。私は雑誌連載の最終回を読み終えた際、壮快な敗北感に打たれたことを覚えている。」
を読んで「おお!やっぱりスゲーんだよ『ナウシカ』は!」と興奮し、あと5回は読まねばと心に誓ったのであります。いつかいなばさんの本もちゃんと読みます、自分の中で決着がついたら。気合が必要ですよね『ナウシカ』を読むには。
『異議あり! 生命・環境倫理学』への伊勢田哲治さんの書評。ようできてる。
http://www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp/~iseda/diary/igiari.html
映画化されていることすら知らなかったので、日本で公開されたかどうかもわからないです。
海外のサイトでキャストを見ると、ウォーケン、デフォー、アルジェントに加えて、アナベラ・シオラやグレッチェン・モルも出てるんですね。あとなぜかYoshitaka Amanoも。
うーむ、以外とメジャーだったんですねえ。じゃあ、ひょっとしてウィレム・デフォーがクリストファー・ウォーケンとかけあい漫才をしつつアーシア・アルジェントと鼻の下をのばしながら嬉しそうにいちゃつくという「ニューローズホテル」なんていう、かつてなら国辱映画と呼ばれたであろう代物も、実はばっちり公開済みだったりするのかしら。
「考える人」最新号(2003年夏)で、小谷野敦が山形の香山リカ批判に全面的に賛成してくれている。あのクズみたいなぷちナショ本があちこちで誉められて、東浩紀なんかもどっかでヨイショしていたし、なんかオレがおかしいのかしら、と思っていたところだったので安心。斉藤美奈子批判もてきびしい。
公開の1年ぐらい後だったか、大きなレンタルビデオ屋さんに普通に並んでいて、 結構、簡単に借りられたような気がします。今はどうかわかりませんが。
そう言われるとぼくもよくわからんなあ。次回ちょっとコメントしておこう。
公開当時(多分99年の春先)に映画館でミマスタ。 渋谷パルコの上にある映画館で。結構、お客さん入ってましたよ。 主演俳優も来日して雑誌インタビューを受けていたような。 なんか日本版DVDもでてるらしい。買いませんけど。 http://store.nttx.co.jp/DetailsViewer/ItemDetails.asp?ITEM_CD=D110479830
shiranuiの日記の7月1日分に、山形さんの朝日新聞コラムの最後に書かれていた著作権侵害の話はおかしいのではということが書かれています。
えーと…すいません、ワタシには難しくてちょっとわかんないや。
今日、例によって換気扇のところでハトが鳴いていたので、換気扇を回すと逃げて いった。ふつうはそれでおしまいなのだけれど、今日はすぐに戻ってきた。回す、逃げるを何度か繰り返すうちに、こんどは逃げさえしなくなってきた。こりゃ変だと思って換気扇をはずすと、案の定小枝がたくさんあって、巣が作りかけ。速攻で撤去する。フト見ると、すぐ向こうの屋根に、その巣を作っていたとおぼしきハトのカップルがとまっていて、恨めしそうにこっちを見ていたのでした。しばらく見ていると、なんか二羽で「あーあ」という感じで脱力していましたが、30分ほどするといなくなりました。
ところで昨日飲酒会で、Six String Samurai を知っている人がいて、ぼくは大変にのけぞりました。まさかあれを日本で上映していたとは知りませんでした。
管理人より:リンクを張るだけにしてください。
>まえ話題になった『まれに見るバカ』ですが、 すみません。『まれに見るバカ女』でした。『まれに見るバカ』っていう本も別にあるのよね。
まえ話題になった『まれに見るバカ』ですが、その続編が『まれに見るバカ女との闘い』というタイトルで出るもよう。 今回は山形さん御自身の寄稿は無いようですが、大月隆寛氏によるテクスチュアル・ハラスメント訴訟についての論評が載るみたい。裁判で小谷真理氏を支援してた「女性の著作権を考える会」のサイトも参考までに。
http://www1.neweb.ne.jp/wa/yamdas/bmm/books/se.html tatu今度は東京ドームだって。大丈夫かよ。
記者会見に行きました。 ちょっと欲しくなりましたね。 ただ、相当風が強くないとペイしそうもないことと、 系統連係しないと、冷蔵庫とかそんな用途に限られることが欠点かも。 それに、小型のもの(320W)は出力のわりに高いし、1400Wだとはねの長さが2m、風車の直径が3m、これはかなりでかいと思う。 でもやっぱり、いいな。 小型がもっと安いといいんだけどな。
なんでみんな、これをほめるわけ? ちょっとでも? アクションシーンはよかった だの部分的には楽しめただの。ひっでえ映画だ。アクションシーンはうだうだ長すぎる し、ストーリーはテレビゲーム。ステージごとにだれかが、あーしろこーしろと何の 説明もなしに指示を出して、みんなそれにしたがうだけ。m@stervisionの 評価も今回はあてにならず。
最後に次回予告を入れないと客が入らないと思ったのかねえ。テーマ的にはぼくが『たかがバロウズ本。』で述べたのと近いものになってはいる。次回最後は、 たぶんm@stervision氏は無限パラレルユニバースみたいなのを想定しているようだけれど(ラストで、生き残った連中の前に無限のドアが並んでいて、さあどれを選ぶ、みたいな)、まあ今回の話の展開からして、最後は人間と機械の共生みたいなところに落ち着くんでしょ。で、ラストは、エージェント・スミスとの死闘の末、ネオくんが再び青と赤のピルの選択を迫られて、そして選択するシーンを映さないまま、二つのピルのドアップから、次の場面ではかれがはっと目覚めて、最初のあのおたく部屋にいる。で、すべてはもとのまま、力も使えなくなっていて、ぼんやりと会社に出ると、あちこちでかつての同志たちとすれちがうけれど、トリニティーもモーフィアスも、実はただの同僚や取引先でしかなく、でも最後の最後で、また遅刻を上司にがみがみ怒られ、生返事をしつつぼんやり考え込んでいると「わかっているのかね、ネオ!」と言われてはっと目を上げると、会社の上司がエージェント・スミスになっている、というような終わり方、だろうというのがワタシの予想。
で、GPSと局所天気予報と電子地図を組み合わせれば 「ズバリ! パートナーと行く今月のおススメ発電場所はココダ! (風車Navi, 7月号)」 「目的地に着くまでの最適な発電経路をお探しします (PDA用ソフト、風車の弥七v1.2)」 とかいう広告が出回るようになるわけですね。
これ、おもしろそう。 http://www.shinko-elec.co.jp/NewsRelease/new_0082.htm あと、ホンダのこれも、世界を変えますわよ。 http://biztech.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf/CID/onair/biztech/biz/249472 地方電化はこれでがらっと変わる。さらにはあと10年くらいしたら、都市でも エネルギー状況(そして風景)変わってるかも。 昔、浄化槽の換気口のてっぺんでころころ回ってた、なんていったっけ、あの タマネギみたいなやつ、あれが回るのを見ているのが好きだったんだけれど、あの 光景が復活するかも。 さらに風車だと、背負って歩くバカが出てくるとおもしろいなあ。「車内での風車の 利用は、ペースメーカーに影響を与えるおそれがありますのでご遠慮ください」とか 「車両の窓から腕や顔、風車を出すのは危険ですので云々」という状況も出るにちが いない。
理由はいくつかあって、まず高低差の処理の問題。テレビ朝日方面とタワーまわり が完全にきれてしまっていること。テレビ朝日まわりが妙に優雅なので、ひょっと したらテレビ朝日の土地が多かったのかも。それともう一つは、大規模開発の宿命 ともいうべき、商業性を獲得するためにはあまり先鋭的になれない、という点が 悪いほうに出たこと。あと、テナントミックスについては、他の開発とぶつかった のが結構きいたかも。 その他、森ビルの開発の特徴がちょっと悪い方に出ているな、という気もします。
【英語のお勉強】歌詞を日本語に訳してみるスレ http://music.2ch.net/test/read.cgi/hiphop/1021768055/l50 tatuでるっていうからMステ録画してたのに、本番中にばっくれ。 番組の後半はミッシェルガンエレファント・ショウになってた。
http://cruel.org/asahireview/ 朝日新聞書評の2003/04-06のリンクが2003/01-03の分に飛んでしまいます。
「ドラッグ・バローズ」っていうのですが、どうも気になります(笑)。
非合法なブツとか置いてそうな名前ですな。
こちらの部室には、はじめてお邪魔します。
「山形さんの本、ずいぶん前に出たやつみたいだよ」と電話で友人からさっき知らされて奥付を確認したら、たしかに2001年7月に出た本でした。
たしかに、よくよく見ると、NYのツインタワーはまだしっかり映っているし、ヒルズも解体風景だけで、作ってるところは全然ない……。「9‐11」よりも前に出た本(ということは、企画はさらにずっと前)なのだと思えば、最初に感じた違和感の理由もわかりました。
山形さんのおっしゃるとおり、完成したヒルズを実際に訪れてみると、意外と小じんまりとした印象を受けます。壊しているときは、ずっと向こうまで展望できてなんだかワクワクしたのですが。なぜでしょうね。
森ビルの悪口を言ってもしかたないので(笑)、あらためて二つだけ言うと、
1)山形さんの都市論(開発論、までひろがるかしら)が、やはり読んでみたい。
2)なぜ、六本木ヒルズはあの程度のものにしかならなかったのか、きちんとした分析を誰かにしてほしい。もし山形さんがしてくれたら、なおうれしい。
というのが、ぼくの今の気持ちです。
でも、麻布十番の駅から出て、あの昔風の町並みの向こうにいきなり高層ビルが見える感じは,なんともいえないですね。月島もそうですが、なんというか、あれはあれで「日本だなあ」と感じる。3)を付け加えるなら、山形さんの「東京論」も読んでみたい気がします。これなら、なんだか一冊になりそうじゃないですか。
いずれにしても、やや時期はずれのコメントでお騒がせしました。
10ページほどやってほったらかしてあるなあ。少し進めてみますかね。
ジェイコブズ改訳はなさらんのですか。
ガツンと効く都市のお話し、ききたいです。
都市論書いてくださいね。
仲俣さんはあれを最近の本だと思っているようだけれど、あの本は2年前に出た本なのです。書いたのはそのさらに前。2000年の暮れくらいです。とりこわしがはじまって いた頃からかな。当時は六六開発は、平面図と模型でしかみていなかったし、それ だとあの巨大なタワーのインパクトがすさまじくて、もっと新しいことができるんじゃ ないかという印象があったのと、あとテレビ朝日+庭園部分とタワー周辺部分があそこ まではっきり分かれるとは、ちょっと思わなかった。それとあんなに無茶苦茶な テナントミックスになるとも思わなかった。でかい開発なのに、そのでかさをうまく見通せるところがないのがつらいところ。地形的な要因もあるんですが。
しかしそうですか、都市論が読みたいか。うーん。あの企画をやっぱ復活させてもらおうかなあ。しかしちょっと他のやつを片づけないと……
仲俣暁生さんが陸這記で山形さんが共著者である「New Tokyo Life Style Think Zone」について書かれています。
はてなダイアリーでは山形浩生はキーワード化されており、その内容自体に特に変わったところはありませんが、はてなの場合キーワードが登場する日記を一覧できるのは便利です。
そういえば以前ぽむ日記に書かれていた、山形浩生、五十嵐太郎らによるセレクト本コーナーが常設される「京都中の五十嵐ファンと山形ファンが集まる気持ち悪い店」は今日からじゃなかったかしら。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20030625AT2M2402Q25062003.html
たとえばこのページですね。どうもありがとうございました。
http://www.sankei.co.jp/mov/db/05_2003/8mile_3.html
下のバイト募集は定員に達しましたので締め切りました。
業務:索引用のページ番号うちなおし。現在、ある環境問題関係の本を訳してpdf版をもとに索引を
作成したものの、印刷版には索引が含まれないことになってしまった。しょうがないので索引をファイルで提供したい。現在の索引は、pdf版がもとになっているけれど、実際の印刷版を見ながらページをうちなおしてほしい。
要するに作業手順としては
いまの索引を見る--> pdf版で該当ページを探す --> 印刷版の相当ページを探す --> いまの索引のページ番号を、印刷版のページ番号にふりなおす
というもの。
作業量:見出し項目350程度、ページ番号は1500件くらい。
条件:
報酬: その問題の4500円する環境関係のある本の訳書+1万1千238円。応談。
作業期間:2日程度かな。
募集人数:2人。
基本は先着。メールで山形あてに申し込むこと。ここに応募を書き込んだやつは条件1を満たさない可能性が高いため失格。
全然関係ないが、amazonのレビューは、「うたかたの日々」が復活したら「プラネタリウム」が消えてしまった。変なの。
なおしときました。
>ちなみに山形さんは訳す時に既に他の訳がある場合、ソレを読まれるのでしょうか?
訳したやつのいろんな言い訳 のところに
「…ふしぜんなものにしてしまった訳(柳瀬尚紀の、漢字だらけのおっかないほんやくとかね)もあるけれど、
高橋康也の訳とか、矢川澄子の訳とかは、わるくはない。…」
と書いてありました。申し訳ないです。
ついでなので指摘しておきます。
1. うさぎの穴をまっさかさま の15行目の出だしの「次の瞬間に」のルビが「次の瞬間(瞬間)に」になってます。
もう一つ。山形さんのHPの山形の著書訳書の ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』(朝日出版社、2003.5) のアマゾンへのリンクが『 暗号の秘密とウソ 』になっているし、本の写真のリンクの方に至っては、「お探しのページは見つかりませんでした」になってます。
>ちなみに山形さんは訳す時に既に他の訳がある場合、ソレを読まれるのでしょうか? >と思ったけどあたりまえですよね、ほとんど同じじゃ意味ないし。 は? ほとんど見ませんが。終わったあとで「そういやあそこはどうやってんのか な」と見る場合はありますが。既存の翻訳が読むに耐えずに訳し直す場合には、 そもそもの主旨からして古いのなんか見るだけ無駄ですし。それに人のなんか見る より自分で一気にやったほうが圧倒的にはやいのです。
8マイルロードで検索してみてください。解説のあるサイトがヒットするはず。
FMラジオ J-WAVE(81.3FM)の朗読番組 ZERO-HOUR
月〜金 24:00〜24:30 ON AIR
今週は
『不思議の国のアリス』 朗読:八木亜希子
オックスフォード大学の数学教師ルイス・キャロルによって書かれた、「不思議の国のアリス」。
数学的センスあふれるストーリーの転換、テンポのいい会話。白ウサギ、ドードー、チェシャ猫、トランプの女王・・・
アリスはもちろん、個性的なキャラクターが繰り広げる不思議なパズルの世界をお楽しみください。
出典:新潮文庫「不思議の国のアリス」 作:ルイス・キャロル
訳:矢川澄子 脚本:藤本ヨシカズ
Vievie's tail
今から141年ほど前の1862年7月4日の昼下がり。
10歳の少女アリスとピクニックに出かけた作者が即興で語って聞かせたという、マカ不思議なこの物語は、鮮やかでとどまるところを知らないイマジネーションの玉手箱。
この番組は朗読のBGMがかっこいいんだけど、前回の『サンドリヨンあるいは小さなガラスの上靴(シンデレラ)』にエミネムの8mileの主題歌lose yourselfが流れたのは合わなかったな。
山形さん訳との違いを楽しむなんてのもよろしいかと。まぁさらに番組用に脚本化されてるんだけどね。
ちなみに山形さんは訳す時に既に他の訳がある場合、ソレを読まれるのでしょうか?
と思ったけどあたりまえですよね、ほとんど同じじゃ意味ないし。ああでもそもそも出版する気で訳したわけではなく、訳者の著作権が切れてなくて原作者の著作権が切れてる本をネット上に訳そうっていう考えだったから別にいいのか。
でも全く同じ訳になったら著作権侵害になるから、やっぱチェックする必要があるってことか。
うーん、こんな話も山形さんの文章で読んだ記憶もあるな〜。