山形さん、 翻訳に興味あります。 最新の仕事はジョシュマクドエルの「正しいことと悪」の翻訳をしたので、その一部を見てください。アメリカに長年住んでいますので英語がかなり楽になっているのですが、訳のお手伝いをさせてもらえたら幸いです。 以下翻訳例 第二週ケース・スタデイ 「なに考えこんでるの?」 シンシアは、はっと夢想からさめた。すまなそうに、、にこっとして、マタイの方向に視線を向けた。オリエンテーションに出た仲間は、小さいグループに分かれて、夕食をたべるため、コートヤードの方向に歩いて行った。ステージの前で、2人っきりのようになったことに気付いた。 シンシアはどう答えていいかわからなかった。他の学生たちは、学長のマルハム先生の雄弁な、「歓迎の辞」に、拍手喝采した。シンシアも、スピーチは立派だったと認めた、しかし、なんとなく心地が悪かった。 空中に飛んでいるトンボを追っかけるかのごとく、何故こう感じるのかを明白にしようともがいた。 マタイの質問にやっと答えることが出来た。「わかんないわ… 「学長のスピーチには、随分考えさせられることが多かったわ。」 マタイは「気に入らなかったようだね。」と、にんまり何気なく横柄な態度で言った。 シンシアは、背をのばしながら、「学長の言ったこと全てには賛成できないのよ。」といった。 マタイの顔から、微笑みが消え去った。「本当?人がおのおの決心することに賛成できないの?これは、この国の基本的な原理だよ。それが自由ってものさ。」 「そんなこと言ってるんじゃないのよ。あなたや他の誰とも同じように、私も、自分の将来について、決心する自由は、欲しいわ。だから、私は、今、大学にいるのよ。」 マタイは、少し、防御の構えをなくした。 シンシアは、目ばたきした。自分の思っていることを何度か言葉にしようと努力し、くちをあけたり閉めたりしたが、不成功だった。 視線を落としたとき、金の十字架が目にとまった。故郷で、最後の日曜日に言った、牧師の言葉を思い出した。廊下で、彼女を止め、州立大学を選んだことを祝ってくれた。「シンシアさん、夜が暗ければ暗いほど、夜明けが明るいんですよ。」と言った。「州立大学に行きなさい。そして、州立大学で、イエスの光をあなたを通して、輝かせなさい。」 シンシアはそうしたかった。彼女は、どうやったらいいのかわからなかった。決心したかのように、マタイを見上げた。「マタイ君、私は、クリスチャンなの。 マルハム学長が言ったことのなかで、私の信じていることとは違う点がいくつかあるのよ。」マタイが、これ以上追求しないようにと静かに祈った。というのはマルハム学長のどこと、同意しないのか自分でも良くわからなかったから。 マタイは、答えた。「シンシアさん、自分の考えに自信を持っているのは、かっこいいと思うし尊敬もするよ。本当に。君がキリスト教を選んだことに対すして。だけど、その選択が他の人にとって正しいものであるとはいえないと思うんだよ。みんなそれぞれ自分で選択する権利があるのだからね。それをマルハム学長は言っているのだよ。あなたは自分の好きなことを選べばいいし、僕は僕なりにすきなことを選べばいいと思うんだよ。」 急いで、シンシアは言った。 「マタイ君、あなたにどうしろといっているのじゃないのよ。わたしが言いたいのは。。。」 「聞いてよ」マタイは、妨げた。僕だって、あなたと同じようなことを教えられて育ったのだよ。僕の両親は、一つのことを言い、先生や、友達は、別のことを言って、牧師はまた別のことを教えたのだよ。おかげでいつも混乱していた。ここの州立大学に入学したとき、自覚目覚めして、やっと自分で考えられるようになったのだよ。他の誰よりも、僕はそれを自覚している。 マタイはシンシアの肩に手を置きながら、「見てごらん、キリスト教はあなたにとってはいい。それはそれでいい。あなたは、自由だと思っている。僕にとっては、そうじゃないんだよ。僕の世界は黒白じゃない。灰色でもない。自分が好きなように生きる機会の虹色なんだよ。君は君なりに選択し、僕は僕なりに選択する。そのどこがいけないの?」 質問 1. マタイとシンシアの真理の観点の比較はどうやってしますか? 2. マタイは相対主義者といえます。この信条のどの点が人にアピールする点だとおもいますか? 3. この信条のどこにうそがありますか? 4. あなたが、シンシアの立場なら、学長のスピーチと、マタイの意見にどのように対応しますか? 5. マタイの最後の質問にどのように答えますか? 去年の秋、アイオア州立大学の開会式の日、インフォーメーションや、カウンセリングサービスへの予約が、一分に一件の割合で送られてきました メルエルフィンとアンドレアライト 「アメリカの最善大学U.S.ニュースと世界」雑誌 1994年9月26日、86ページ
注意! マジ危ないネタなんで広めないようにね。 http://www.nda.co.jp/article/Kayaku97.html
ロンドンのTimes と BBC がアホをさらしたそうな。 http://www.dailyrotten.com/archive/159929.html ちなみにここで話題に挙がっている、タリバンも保持していた原爆製造法の日本語訳はここだ! インターネットではこんな恐ろしい情報も入手できてしまうのだ! http://home.att.ne.jp/sigma/rk/trans/index.html
山形浩生(ラブ)な方のコメント at 関心空間 http://www.kanshin.com/index.php3?mode=keyword&id=10938 血も涙もないファイナンス講座を早く出してくれという声 http://www.kanshin.com/index.php3?mode=keyword&id=10345
ポストしておいたのでよろしくねー
★☆★☆★☆★☆ 急募 ★☆★☆★☆★☆
翻訳者急募。容姿年齢性別不問。
暗号について、多少テクニカルタームがわかるか、あるいはちょいと勉強する(概説書 をざっと読む)だけの気合いのある人。バリバリの暗号専門家ならなおよし(が、そんなのが転がってるわきゃねーやな)。また、 ふつうの英語をふつうに理解できる人。
条件優遇。勉強をかねた下訳可。ただし、それなりに分量(原著50ページは最低限)はこなすだけの力量、速度、気合いは必須。できがよければ共訳扱い、できが悪ければ下訳扱い。判断は山形を信用してもらうしかない。来年半ばくらいまでには一通り挙げるべし。また支払いは、共訳の場合は印税ページ割り、増刷時も同じ。試算では、初刷りでページ4000円くらい。下訳扱いなら、印税ページ割り*0.6の買い取り。支払いは来年後半以降、謝辞に名前は出る(希望すれば名前を伏せることは可)。
メール必須。入稿はテキスト形式か、LaTeXが使えたらすごい(数式はそこそこあり)。原書は提供(自分で買うのはもちろん可)、パソコン辞書など翻訳に必要な機材や辞書、参考書は自前調達。
希望者は、なにか適切な文章(技術っぽい文章が望ましいが、ほかでも可)の翻訳例を添付のうえ(ファイルまたはその文書のUrl)、山形まで応募されたし。プロジェクト杉田玄白参加者なら大歓迎。また、翻訳能力以外過去に山形とどんなもめごとがあろうとまったく考慮しない。ふるってご応募を!
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1006130196/ を眺めたぞよ。100歩ゆずって、ある程度、客観的に見てだ。。 「浜田さんに軍配があがったぞ」と、思った、 俺だ。。
宮崎哲弥 『(元)不登校児の教育学』
「そもそも現下の消費不況は本当にデフレ予期に基づくものなのだろうか。」
「もし「大丈夫」と太鼓判を押すことができるというのならば、クルーグマンでも、山形でもよい。岩田規久男でも、深尾光洋でも、野口旭でも、森永卓郎でもよい。日銀総裁候補、政策委員候補として名乗りを上げて欲しい。」
「経済政策など結果を出してナンボの話だ。実践が伴なわなければ話にならない。机上の理論に留まることなく、体を張って実務領域に踏みこめる、筋金入りのインフレ・ターゲット論者の登場を待望する。それが無知と愚昧が闊歩する濁世にあって、ただ一人知の高峰を究める大教養人、山形浩生ならば文句のあろうはずはない。」
こんにちわです。ちょっと汚しちゃってごめんなさい。
金原でーたについて、疑似相関の可能性があちこちで話題にされてるみたいだけど、
疑似相関派の論拠については金原は否定的です。橋本氏の適当極まる発言を参照ね。
でも、どうしてだれも気づかなかったのだろうか・・先入観ってこわいわねー
同様の傾向は宮台理論にもいえる。金原の視点では、若い女の子が受けてるのは
彼女たちが高度のコミュニケーションスキルを有するからというより、人間の持つ
生理的現象に起因すると思える(性欲とか)。ソフトではなくハードに起因するのでは
ないかということです。社会学の方々はどうして生物学的論拠をとらないのだろーか?
この点について大変素晴らしい本があるのでおすすめいたします。
『ママに知らせたい娘の心理』P.Dufoyer著小林珍雄訳 中央出版社 1960年
この時期はローレンツの『攻撃』のように、生物学的論拠からヒトの行動をとらえる
動きが目立っていました。この本を読むとおわかりいただけるのですが、生物学的
論拠からでも少女たちの行動は把握可能なのです(ものすごくおもしろいですよ。
この本貸したら帰ってこなくなっちゃった)。
(あちこち出しゃばりすぎました。ちょっと書き込み控えめにします)
あ、金原さん、いらっしゃいましたね。
新書版刊行おめでとうございます。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/sociology/998930449/i をみたぞよ。。。「金原です」さん、2ch 社会学板を 風靡中であるのだ。。
「ネットウォッチャー」っていうヤツは知らぬが、 山形さんの2chでの御威光をたどってつきまとってくる 一味だらうか。
個人攻撃みたいで自分で書いててげんなり。
汚しちゃってごめんね(あとで消してね) ↓この変なひと(ネットウォッチャー)↓何? あちこちコピペしてるみたいだけど・・ 読み方知らないんじゃ野次馬だね、というわけで、このスレともども消しちゃってください(しかし変な奴だなー)
http://cgi.biwa.ne.jp/~hamada/BBS/spool/log.html
関心空間はなかなかよくできたサイトです。大変面白い。 プロジェクト杉田玄白を登録。 http://www.kanshin.com/index.php3?mode=keyword&id=9706
つか、VineLinuxいじるのに一生懸命なんスよ。マジで。
いくらGNOMEといっても、やっぱりMacからじゃ違和感アリアリですよ、浩生さん。
http://t-job.vis.ne.jp/Nikki/N0111_l.htm
VineLinux導入を試みる東天王ヨブさんでした。
「無節操」ですけど、下の方で紹介されてるのは違う本ですよね?
山形さんが言ってる金子勝の「セーフティーネット」本はこれでしょう?
最近オープンした新しいコミュニケーション空間。 下手な「バーチャルシティ」(あ、全部か)より全然面白いです。 試験運用は何か月かやってたようなのですでにご存知の方はスマソ。 http://www.kanshin.com/
いちおう関係者なのでひとこと。 あの本は最初に、というか原題の「Media Equation」自体が 結論を提示していて、第2章以降はひたすらその実例を挙げていく、という構造なので、 半分しか読んでなくても書評はできてしまいます。 「メディアだって人間なんだ」(乱暴なまとめ)という主旨にすっと納得、あるいは はじめっからそれが当たり前だと思ってる人からすれば、ああいう意見は出て当然。 「メディアだって人間なんだ」を完全に証明しようとすれば、人間のあらゆる 認知・行動について実験をしないといけないことになりますが、それはまず無理というものです。 原著者のリーブス&ナスも、「ぼくたちはこれだけ実験したけど、 まだまだ立証はできるはずだから、みんなもやってみてね」という態度を明確にしてます。 「なぜ」「いかに」の訳語は、日本語タイトルを仮決めした時点で 適当に意訳しておいたのがそのまま最後まで通ってしまったようなので、 突っ込まれてもやむなし。 ただ、これも「メディアだって人間なんだ」を、タイトルを見た時点で すっと納得できるかどうかで、解釈の分かれるところではありましょう。 「なぜ」という日本語が指してるのは、じつは第1章だけだったりします。 あとはほんとにHow、つまり「いかに」の話。 てなところで。ご興味持たれた方はご一読いただけると幸いです。
・
「田口ランディごときと・・・」と言っている「批評の事情」の書評
・
「無節操。」も16日更新なのにbk1トップページには載ってませんね。
・
一般書評一覧・
山形さんの「識者書評」
・
コモエスタ坂本氏の「人はなぜコンピュータを人間として扱うか」の書評。山形さんが高
く評価しているのに対して反論。ただし、半分しか読んでいない段階での書評だそうなの
で(書く前に全部読めばいいのに)、全部読んで評価が変わったのかどうか知りたい。
・amazon.comの書評は11月12日更新。
amazon.co.jpの場合は、ある人が書いた書評を検索するにはどうしたらいいのでしょう?いろいろ試してみましたがわかりません。
また、
著書訳書一覧の本へのリンクがアマゾン・アソシエイトになってますね。
辻元女史が、社会を「リナックス化」する必要があると吼えておられます。 朝日新聞(11/14 朝刊15面)
amazon と bk1 の書評がそれぞれ追加されていまーす。
http://www.geocities.com/yhskssn/ こんなの発見。
「2ちゃんねる宣言 挑発するメディア」 http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi?bibid=02076685&revid=0000050445 第九章 ひろゆきに聞いてみよう! ――対談<田原総一朗、糸井重里、山形浩生、宮台真司> http://news.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1005732478/l50
かつて山形さんが書評して世を驚愕させた怪著、 金原克範 『〈子〉のつく名前の女の子は頭がいい』が新書になってました。 新書版の「あとがき」が新たに追加されていましたが、それを読んではじめて なるほど、これは「テレビばっかり見てるとバカになる」を立証した本だったのか、 とあらためて感心した次第。 かつての書評は↓こちら。 http://www.post1.com/home/hiyori13/cut/cut199702.html amazon.co.jpでは http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4896915828/qid=1005702777/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/249-9931703-0369925
フィンランドからきて最初にあっさり殺されるクラッカーが「トーバルズ」という…… あれは笑いました。あのもう一人は、そうか、Jobsのつもりか。なるほど。
LinusもどきとJobsもどきの登場人物が出てきませんでしたか(名前)?
トラボルタはもっとスリムになってほしい…。
http://www.swordfish.jp/
日曜は、「ハバククの弁明」と「ソードフィッシュ」を見に行ったのである。なんかこう、ジャンティとかドゥクフレとか、あるいはこのナジでもそうだけれど、舞台の あちこちでいろんなことが起こっているのはおもしろいが、その一方でダンスである 必然性がないというか、人間である必然性もないというか。人間でないとダメな舞台、一人がいるだけで場を制圧するような感じのある舞台じゃないと物足りない。
「ソードフィッシュ」は、なかなかいいんじゃないでしょうか。カーニヴォーのネタとかあって、結構よく調べてるし。最後のほう、冒頭のシーンに戻ってからが 尻すぼみになるのが残念ではある。あと、バーナム暗号を解読するのは不可能ですぞ。
当事者として爆笑しました:-)
しかし、彼はああいう場で下手なレトリックを弄して 勝った気分になって何がうれしいのだろうか? 勝って戦果を報告するような身分でもなかろうに...。
>結論に似た部分があった そうですね。つまり似た部分があった。したがって西部とスティグリッツを区別する 必要はないわけです。 >買ったけど読みかけなのでちゃんと読まねば。 そうですね、つまりわれわれの意見は一致しているわけです。法律を変える必要 などないのです。 (ここ10時間ほどのマイブーム。一部の人しかわからんネタでスマソ)
今出ているSPA!の特集にやまがたさんがコメントされてますね。
経済の勉強術というところで、クルーグマンと大学の教科書を読んで
あとは手を動かしなさい、というような短めのコメント。
私もクルーグマンの経済入門は買ったけど読みかけなのでちゃんと読まねば。
e悪はPPPoEではないぞ>おれ。 したがってMTUは1500でオッケー。
西部忠氏の論文の例:「資本主義経済の強さとは何か?――所有権・技術革新・インセンティヴ」
スティグリッツも引用されてます。西部氏の引用の仕方を見る限りにおいては、結論に似た部分があったとしても議論の内容は全然違うという感じですよね。
私もWhither Socialismを読んでないし、この本の中身の批評でないと、くだらんやりとりだと思います。
それから、「興味をひくような同時発見」ではない、と思います。
おまけ:
経済学研究者の業界紙Journal of Economic Literatureもあることだし
自分で調べてみようという人は、長年ずーっと論じられているのが見つかります。
(調べるきっかけは、とても狭い「その筋」かもしれんが)
蛸壺化した若い理論家でなく、定年を過ぎたような御年寄りだと知ってたりします。
(御年寄りが生きてるうちに話を聞きましょう(8月前半の新聞行事みたいだなあ(笑)))
それから、「その筋」じゃない普通のルートもあります。
大きな経済学部だと、比較経済体制論の講座があったり、旧東欧の専門家がいます、
彼らから、似たような話(問題意識)は聞けたと思いますが(80年代になってHayekが流行したし)。
西部君の論文の方はスティグリッツの本より早いですし、大体見ようによっては70年代からこの問題は市場社会主義とかの文脈で追及されてきたのと違いますか。(青木昌彦『組織と計画の経済理論』とか。)
一応、「言った」のはスティグリッツ(1994年)のほうが西部さん(1996)より
早いようなのですが。『市場像の系譜学』の参考文献にはWither Socialism?
があがってたし(あまりきちんと検討された形跡はないのですが)・・
スティグリッツが同書で展開している「市場像」は、西部氏や塩沢由典氏のそれに
非常に似ている(西部氏の言う「ライバル競争的な市場」に近い)と思うのですが、
どうも、後者の人たちはあまり評価していない、というか真剣に検討していないよう
なんですよね(例えば、ちくま学術文庫版の『市場の秩序学』「解説」参照)。
一方、スティグリッツも彼らの著作は読んでないだろうし。
しかし、本来立場とか方法論が全く違うはずの研究者が、ほぼ同時期に同じよう
な発想にたどり着いたというのは、それ自体が非常に興味深い。そこで、お互い
相手のことをもっとよく知ればもう少し建設的な対話や新しい知見が生まれるかも
知れないのに、残念だなあ、その意味でも、やはり翻訳は出た方がいいのになあ、
と思うわけです。
一応、世間的ビジネス書も話題にはあげなきゃと思って、「金持ち倒産貧乏倒産」 を手にとったが……どうして世間の人は、これをわざわざ買うのだ! 立ち読み 15分、でわありませぬか! あと、「ゴール」と「ルネッサンス」(ゴーンくん) と「バター」くらいは見ておきましょうかねえ、という感じ。
とはいえこの辺は「その筋」の人であるかじたに氏へのイヤミも混じってたりして。ふははは。何年か前大瀧雅之もくさしてたし。
西部君とはもちろん最近なぜか地域通貨で有名になってしまったが本業はマルクス派経済理論の西部忠君です。『市場の系譜学』を読んであげてください。
私のほうはあれから少しまた変わってます。
佐野真一『だれが「本」を殺すのか』岡田斗司夫『フロン』が有力候補として浮上しつつあります。どこが「ビジネス&サイエンス」やねん。
『借金編』はどうでしょうか。
業界の常識は世間の常識ではないのです。その筋の人なら知っていることでも、 その筋でない人に伝えることには大きな意味があるのです。西部君ってどなた? 課題図書はエスピン=アンデルセン「福祉資本主義の三つの世界」コーン「報酬主義 をこえて」ヴェンチューラ「プロレスラー知事」シン「暗号解読」くらいかなあ。 あともっと軽い新書でなにかあるはず……「社会調査のウソ」あたりを考えて おります。が、いずれもぜんぜん通常の意味では「ビジネス」書ではないのが問題。 まだ思案中。
別にいまさらスティグリッツにいわれんでもというか。西部君の立場はどうなるんですか。
山形氏へ業務連絡。候補作リストください。
http://www.speedguide.net/ ここでTCPIP Analyser をやって、そこで出た数字にもとづいて MTU=1500 RWIN=513920 にしたら4.5Mまであがった。 PPPoEだからMTUをもっと下げたほうがいいのかもしれないが、これだけ出てると 言うことないのでそのまま。
3Mくらい出てる。とりあえず、目に見えてはやいので満足。
いえいえ、献本だなんて。
『暗号の秘密とウソ』は、いま楽しみつつ読んでいます。
セキュリティにまつわるさまざまな話(膨大な事例)が、
うまく整理されてしかも読みやすくなっていますね。
並行して『CODE』も読み始めました。
よい本を翻訳してくださり、ありがとうございます。
>やまがたさん+かしわぎさん
あのページの管理人、小宮山です。
汚い絵やロゴの不快なダンスを見たくないと思われるかたは、
テキストオンリーのページを新たにつくりましたので、
こちらのほうをご覧いただければ幸いです。
それから、交渉して許可をもらったりとかは、一切していません。ごめんなさい。
何か他に苦情などありましたら、メールのほうでお願いします。
本人にはここの投稿が届いてるみたいですが、別の人から10/25のサイト全体のデザイン変更の 前は、「あれと全く同じデザイン」だったと教えてもらいました。 ----------------------------------------------------------------- ↓の、「分権的」なはずの完全競争の理論は、現実には(経済主体が有限個、経済規模も有限)、 「中央集権的」なランゲ=ラーナー型経済と同じ含意をもたらす、という話は、 手近な所では、荒川章義『思想史のなかの近代経済学』中公新書の最後にでてましたな。
そうなんですか。なんだ、じゃあさっさと読もう。
には、実はマルクスはあまり出てこないのです。むしろ、オスカー・ランゲ
とハイエクの「社会主義計算論争」を手がかりに市場経済の本質について考える、
というもので,一言でいうと「新古典派のモデルは実は計画経済のモデルにそっ
くり(だからダメ)だ!」ということを言った本です。
あと厚生経済学の基本定理の批判とか、「競争」の本質の考察とか、財産権
と効率性の関係とか、いろいろ面白くて本質的なことが書いてあります。確か
に書き方はちょっと「粗い」のですが、その分スティグリッツの言いたいことは
一番よく現れている本なんじゃないかと思います。
わかってて聞いてます。どういう交渉(許可)したのか知りませんが、 なんであんな汚い絵やロゴ(妙なリンク先)が踊っているのか、不思議に思ったもので。
こんどのbk1のコラムにも書いたことですけれど、アマルティア・センはノーベル賞を とったらここぞとばかりに本がドバドバ出たのに、今回は静かですよね。アカロフ だって、一冊しかない本を一向に見かけないし。本屋はコーナーくらいつくれ! でもまあノーベル賞のご威光もかなり目減りしてるし…… スティグリッツのあれって、そんなに評価が高いんですか。むかしゾッキで買って、 これを読む前にマルクスを読まねばと思ってまったく手をつけていないのでした。
ごめんなさい。誤解してました。でも、誤解しているのは僕だけじゃないとみた。
クルーグマンが書いた“ぶっちゃけた話”はすでにかなり訳されていると思うのですが、スティグリッツが書いた“ぶっちゃけた話”は分量的にどれだけになるんですかね? ノーベル賞記念としてインタビューその他とまとめて翻訳して出版して欲しいものだな。
MIT出身だったんですね。スタンフォードのイメージが強いけど。
ところで、一部では彼の最高傑作だとも言われているがまだ邦訳のない
Whither Socialism?(MIT Press, 1994)ですが、ノーベル賞もとった
ことだしそろそろ出るのでしょうか?
でも日本の銀行の不良債権チェックをIMFにやってもらう話はマジであります。 金融監督庁(だっけ、名前変わったんだっけ?)は信用されてないから、お墨付きを IMF からもらおう、という。 とはいえ、それと管理下とはまったく別の話ですが。 あと、The Insider というのは、この雑誌のコラム名称です。副題じゃありません。 といっても、検索すると書いたのはこのスティグリッツ以外にもう一人だけで、 超不定期だから副題みたいに見えるのは仕方ないのではありますが。
私もNN4.76で同様でしたが、Javascript を off にしたらとりあえず読めました。
やまがたせんせい! 副題の "The Insider" が翻訳から抜けてます! Stiglitz の "The Insider" はIMFおよび米財務省への罵倒文としてよく引用されてますよね。
「IMF管理下&日本」を検索。例えばこの辺を見ると「日本がIMFの管理下に入る」とかなんとかのトンデモな話が週刊誌の記事になっているようですね。 (金融庁のウェブサイトで見付けたIMFによる検査・査察に関するQ&A)
IMFって何だと思っているんじゃろ? IMFへの出資額に関して日本はアメリカについて世界第二位なのですが、その日本が出資先のIMFの管理下に入ることになるらしい。(^_^;)
皆御存じの通り、日本はものすごい債権国なのだ (経常黒字がたまりたまって海外に100兆円を超える資産を持っている)。そして、国債のほとんどは国内で消化されているし (良い貸し出し先を見付けることのできない銀行が絶対安全な投資先として国債を買いまくっている)、日本政府は金融資産だけで400兆円 (その半分が現金・預金) も保有している。
そうなんだよなー。スティグリッツにしてもクルーグマンにしても、政治的な如才なさ ってのは皆無だからなー。 でもかじたにさんの言うとおり、それがかれらのよさ、でもあるんですよねー。理論一本直球勝負! という。
スティグリッツ先生は世銀内部でもむしろ浮いた存在で、副総裁の辞任も「干された」というのに近い状況だったみたいです。
詳しくは大野泉『世界銀行−開発援助戦略の変革−』NTT出版参照。
しかし論文引用数では間違いなく世界1,2の大経済学者でありながら、この大人げのなさ、僕は好きです。
みんなもっと仲良くしましょう。 IMFくんはもっと人に迷惑をかけないようがんばりましょう。 Dismal Scienceは、クルーグマンのあの連載のタイトルで、その掲載オンライン誌が Slateなのです。
http://home.att.ne.jp/sigma/rk/krug/nopain.html
Netscape4.78だと図と文字が重なって見えないです。
それから、ページにDismal ScienceとかSlate Archiveと書いてあるのは何でしょうか?
やまがたせんせい!まちがいをたくさんみつけましたです。
最初の、
>来週のIMF総会は、去年の秋にシアトルの WTO 総会をめちゃめちゃにしたデモ隊をそのままワシントン
DC につれてくることになるだろう。
ここ、英語ではbringですけど、日本語に訳すときはそのまま「つれてくる」ではなくデモ隊が「やってくる」とか「ついてくる」の方がいいのでは?
以下誤変換など。英文はほとんど見てません。何行目かとか指定した方がいいのかも知れませんが面倒なのでやりません。すみません。
>わたしはIMF が、アメリカの財務省と片を並べてそれにどう対応したかを見てきた。
肩を並べて
>これは別に、かれらがもっと資金を惹きつける必要があったからじゃない
資金を引きつける
>その圧力の一部は、アメリカ財務省からのものだった。こうした変化は、短期資本の大量流入――つまり、翌日、翌週、翌月くらいの単位で最高のリータンを求める資本であって、工場みたいなものへの投資者に――を引き起こした。
リターン、――の中に入っている文章が中途半端?
>ここでは IMF は、財政的な規律(収支のあった予算)ときつい金融政策を課して、これは正しいことだった。援助を受ける前提として、各国政府はこうした政策を実施しなきゃいけないよ、と言って。
言った内容をカッコに入れた方がいいのでは?
>驚く方がおかしいのかったんだろう。
おかしかったんだろう。
>世界銀行での新しい研究を見ると、あんなに民俗的に分裂した国で富強になったら、
分裂した国で不況になったら、
>政府が年金生活者に払う金もない溶きに
払う金もない時に
>もちろん、該当はこういうきわめて複雑な問題を議論するには、必ずしも最高の場所じゃない。
もちろん、街頭は・・・
最後に、
『暗号の秘密とウソ』正誤表のタイトルがLessig "CODE"になってますです。
「暗号の秘密とウソ」正誤表もできました。
あといなば先生! スティグリッツくんったら IMF ボロクソに言っちゃってます!
ご指摘どうも。反映させました。取り急ぎ。
「11章 39」と「11章 34」は注 p. 37にありました。
買った本を訂正しているんですけど、 注 p. 43 13章 58 repealed by the Communications Act of 1934 →1934年通信法により破棄 はp. 43 13章 56のまちがいではないかと思うのですが。
結城さんには献本したつもりだったのに。うっかりしてたみたいです。すみません。
うへ。よく考えたら(って、よく考えなくても) この場合のmemorandum って「理由を示さないで下された決定」 のことだから、「に関する覚書」は速攻削除!してください。 恥だ。逝ってきます。。。
『暗号の秘密とウソ』を買いました。
縦書きの本を買ったのは久しぶりかもしれません。
本文フォントが太字になっていたのにはびっくりしましたが、
山形さんの文章は読みやすいですね。
これからもいい本をたくさん翻訳してください。
期待しています。
Joiさんのいう監査ビジネスが、「和解」の環境をつくる要素の (比較的大きい)ひとつだ、ということは否定しません。 けど、実際のところ監査ビジネスであるとか、 あるいはオープンソースものの「サポート」ビジネス一般まで広げていいと 思うのだけど、そういうところで「責任範囲」が確実に止まってくれるかどうか。 そのためには法がどうあるべきか、という意味において、 敵役としてのUCITAをふまえた議論を(英会話ペラペラなら)やれたのかもなぁ、 という感じなのです。
その部分、採用させていただきます。どうも。
コメントが追加と・・・ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3bdd84e63b64c01032f4?aid=&bibid=02070476&volno=0000&revid=0000048875
hold that 〜 というのは、「判決文の中で〜のように述べた」 という意味ですし、「〜と支持」というのは日本語としても 少し変な気がします。法律屋は「〜と判示」と訳しますが それだと硬すぎるかなあ。「〜と判決」でも良いか?
失礼いたしました。
memorandum of decision and order on defendant's motion to dismiss. 「弁護側からの却下申立に対する裁判所の決定に関する覚書」 の方が筋が通るように思いますが。
がでてますね。
http://www.post1.com/home/hiyori13/books/codeerrata.html
普通のビジネス本のような文体で訳したほうがユーザーフレンドリーなのでは。
某理論物理学者はわたしが尊敬する方です。あなたのような方に気安く引き合いに出してほしくてたまりません。 ところで崎山さん、そのネタは知ってはいるけれど、それじゃあのときの話で答えには ならんのです。ソフトのPLに反対する動きはあっても、それをレッシグのいうコートの 責任論とどう和解させるか? それはやっぱJoiの答えが適切だと思う。
言わないんじゃないですか? チゲとはいうけど。(略)
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/0108.html#16
いや、いいます。 ぼくは「ちがうぜ」よりも「ちげーよ」を多用してます。 このふたつはニュアンスも微妙にちがって、「ちがうぜ」の場合はちょっと 冗談めかしている感じがあるけれど、「ちげーよ」はもっと シンプルに、相手を突き放す印象のある言葉だと思います。 それに、なんで江戸ことばのコードに当てはめようとするのかもさっぱりですよ。
言わないんじゃないんですか? ちげーねえとはいうけど。 正しくは、ちがうぜじゃないのかな? 池波正太郎なんか読んだことないんだろうなあ、やまがた氏は。 司法試験お勉強中のよしみね氏の講釈も承りたい者もいるかもしれねえぜ。 麻布っ子は、江戸下町言葉に弱くっていけねえや。
もちろん、UCITAです。
Joiさんの言った方向よりは UTICAがどーたら、 というふうに山形さんの話は反応するべきだったのだなぁといまさら思いつつも 英会話にリアルタイムに反応できない私なのでした (それにしても HTMLメール + wordファイルでの校正依頼にwvHTMLで内容チェックして 返事してるが大丈夫かなぁ>総研レポート。どきどき(MS Office持ってないし、 OpenOfficeだのStarsuiteだのを突っ込んでる時間は無し))。
ぜんぜんちげーよ。
> 賠償責任のリスクを負ってまで
刑事責任ではないかと。
SIGHT のアフガン爆撃緊急特集号はなかなか。タニグチリウイチの関心しているみたい な、「爆撃なんか無駄」というのをはっきり言い切ったというのもアレだけれど、 ビン・ラディンのインタビューが載っているというのがすごい! (もちろんしばらく 前のやつだけれど)
とりあえず下のやつをさっくり訳してみました。自分のソフトウエアを検閲する by RMS。 あとでgnuに置いてもらおう。
訳していて気づいたのですが、 ここで言われてる法律がレッシグの書いていた「憲法の前では自爆に等しい代物」の 通信品位法、だったわけですね (下のコメント見た時点で気づけよって感じだが)。
たしかに Emacs の lisp/play/doctor.el を見るとRMSのコメントが書かれてます (同じ文は etc/CENSORSHIP にもありますね)。
しかし、この文をよむかぎり doctor.el は RMS が自前で検閲したみたいだけど、 widget.c もそうなのかしらん。
Emacsの背景透過パッチを作ろうと思って
あちこちソースを読んでいたら、src/widget.cにこんなものが
書いてあるのを発見。
/* This file has been censored by the Communications Decency Act. That law was passed under the guise of a ban on pornography, but it bans far more than that. This file did not contain pornography, but it was censored nonetheless.
US政府って暇なのね…。Cソースで検閲されてるのはこれだけ (*.elのほうはまだあった)。 ちなみにこの部分はEmacs21にもあります。ソフトウエアの検閲 by RMS。
なんかぼくの言ったことは、微妙どころかまったくとんちんかんな曲解をされておるのですが……
ちなみにぼくが言ったのは「CODEで主張されているように、コード作者に責任を負わせるような規制をかけるのであれば、賠償責任のリスクを負ってまでフリーソフトなんか発表する人はいなくなる。すると、フリーソフトがだいじという主張と、コードの責任論とは両立しないぞ」ということだったのですが。
その記事はここで読めますね。 どう守る個人情報 公開プログラム活用を提言 http://www.asahi.com/tech/feature/K2001102601305.html 管理進むネット世界 サイバー空間と「自由」レッシグ教授に聞く http://www.asahi.com/tech/feature/K2001102601257.html
世界最大のインターネット図書館公開 http://www.zdnet.co.jp/news/0110/27/b_1026_08.html http://www.zdnet.com/zdnn/stories/news/0,4586,2820510,00.html
私が言いたかったこととびみょーにずれた形で要約されてますが 紙面の大きさを考えるとそんなもんかな、というか。
今日の朝日新聞夕刊の「どっとデジタル」欄に、レッシグ教授のインタビュー、 そして彼を囲んでのイベントの模様(これのことか) が記事になってます。山形さん、崎山さんなどの名前が挙げられてました。
中公新書の新刊ピーター・ミルワード著『童話の国イギリス マザー・グースからハリー・ポッターまで』
をぱらぱら見ておりましたところ、「ピーター・ラビット」のあのビアトリクス・ポターと
同じ POTTER であることに今さらながら気づかされ、うへっと独りごちてしまいました。
(ハリポタと略すときはハリポッタじゃないのね。まいっけど。本書でも「現代の古典」と絶賛)
The Man Who Criedが公開間近なSally Potterもポッターですねー。(『タンゴレッスン』は来週BSにて放映)
>権力をフリーハンドで使えることを憲法によって抑止する立憲主義は昔は絶対君主に向かっていたし、それが議会に向かっていたこと(国)もある。レッシグは立憲主義者の立場にとどまらないどころか、それを再確認したのではないか、CODEを読む限りはそう思えます。
うーむ、『CODE』をそう読みますか・・・
そう読んじゃうとあの本ってつまんなくないですか?
立憲主義の意義については、まあ、おっしゃる通り。
近代憲法の本質は自由の基礎法であり、制限規範つまり、恣意的な国家権力の行使を制限して国民(私人ですな)の権利自由をまもることにある、というのが教科書的な解答ですよね。
じゃあ、レッシグはあの本の中でなにを言っているか?
サイバー空間いまのところ自由だけど、商業(私人ですな)が発展すれば自由が制限されるから、国家はサイバー空間の自由を守るために積極的に介入すべきと言ってたはず。
これって、古典的立憲主義の考え方からすれば常識外れですよね?
憲法学者が憲法学の常識を覆すようなことを真剣に語っている本というのが私の認識なんですが。
>百科事典も引かずに直感で語って いいんでしょうかね。 あと、百科事典はさておき辞書をひくと、「立憲主義」の定義としては「憲法を制定 し、それに従って統治をするという政治のありかた」(広辞苑)となっていますね。 したがって立憲主義者がそれを支持する人、つまり憲法を制定することを支持する人 だという理解は、ごく一般的なものだと言っていいと思われます。 冒頭で変な謙遜をして予防線を張っておいでですが、名無しさんのおっしゃるような 立憲主義の理解は、かなりその道に詳しい人の理解でしょう。もしその筋の人の認識 と一般的な(ふつうの人が辞書を引いたときに得られる)認識とが乖離しているなら、 ぼくの立場としてはなおさらそういう用語は使うわけにはいきません。
>百科事典も引かずに直感で語って いいんでしょうかね。 もちろんいいのです。ぼくの知らないようなことはたいがいの人は知りませんし、 読む人もいちいち百科事典を引いて読んだりしませんから。『「立憲主義者」を訳語に 採用するのがいいかどうかは別の話です。』とおっしゃっている以上、それは翻訳者 には何の関係もない重箱の隅でしかありません。